幼女とアトロノモス
「か、勝手に召喚してしまい誠に申し訳ありませんでしたぁっ!」
「……あの」
「こう謝ってる事だし、何とか許してくれない?何なら一晩コイツ相手にくらいしっぽりしてもいいのよ?」
「い、いや、それより……その、女神様の頭の上に乗るのは止めてあげた方が」
元の場所に戻ってきてまずしたのはマリアの土下座による謝罪だ。
より誠意が伝わる様に土下座したマリアの頭の上に私が乗っかっている。
「よっと、なら許すって事でいいのね?」
「許すも何も、さっき言った様に感謝してるし」
「ありがとうっ!帰りたくなったら言ってねっ!」
「あ、はい。いや帰らなくていいです。に、にしても女神様を相手にこうも容易く……」
未だにナキリの中ではコイツは女神様扱いか。こんな容姿だけの奴が女神とか片腹痛いわっ!
「いたっ!?やめてよぉ」
「見なさいこの情けない姿を」
「うん……可愛い」
「ダメだコイツ」
取り巻きの女性陣が人を刺す様な視線をしているのに気付かないのか。
「コイツは私の仲間にして教育するから安心していいわよ。コイツに遊び半分で召喚されるのは貴方が最初で最後」
「そっか……君の仲間だとフラグが立たないんだよなぁ」
「何言ってんだコイツ」
本日何回目かの何言ってんだコイツである。
「気にしないでいいよ?たまにナキリさんは意味分からない事言うから。多分あっちの世界の言葉かな、でもきっとロクな事じゃないと思う」
「そ。でもあまり不埒な事は考えない方がいいわよ。主にマオが嫌悪感丸出しの顔するから」
「はい」
でも女神様にはフラグ立てたかったなぁ、と小声で言う辺り善処する気はないらしい。顔はともかく中身はガキだぞマリアは。
「よし……女神様、俺は本当に貴女を恨んでなんかいません。むしろ感謝してます……だから、どうか気にせず初めて会った時、ここに送ってくれた時の様に微笑んでいて下さい」
「あ、うん」
「……ですよねー」
マリアが惚れてくれるとでも思ったのか、格好いい顔で笑みを浮かべたナキリだが、精神が子供なマリアには通用しなかったようでガックリしている。
それを見た女性陣達によって集団リンチを受ける始末。
「ハーレムも大変だよな」
「ああ、俺達は一人の女性を愛そう」
「だな……相手いないけど」
そして五丁目の冒険者達は何かを悟ったらしい。もちろんロクな事ではない。
しかし、こいつらあの化け物の事とかすっかり忘れているな。
「そんだけ顔も良くて別嬪さん達を侍らせてるってのにまだ増やそうってのはどうかと思うが、男としては尊敬するぜ」
「だな。兄ちゃん、たった一度きりで諦めるたぁ男じゃないぜ」
「全くだ。俺等なんかすでに何百回と撃沈してるぞ」
「……よし、誰だか知らないけど分かったよ!俺は……まだ諦めないっ!」
煽るなよ馬鹿共め。
だが再びチャレンジする前に女性陣によってボコられている。そういえば彼女達の名前とか聞いてないな、まぁいいか。覚えてもまた会うかは分からないし。
「こいつはマリアベル。多分役に立つわ、同じ元ぼっち同士仲良くね」
「マリア、でいい、よ?……いいです」
「ユキです。どうぞ宜しくお願いします」
「それだけ強いのに気弱ですね。サヨと申します、宜しくお願いします」
各々自己紹介が終わった所で早速質問攻めしている。主に能力や胸についてだ。
そして蚊帳の外に居るのが一人
「で、黒エルフ。何で貴女は妙に不機嫌そうなの?」
「別にぃ?……私はようやく同行する許可を得たのにぽっと出のあの娘は簡単に加入してるなぁ、とか思ってないよ?」
「だってあの娘は貴女と違って即戦力になるもの」
「ぐはぁ……まさかのフォロー無し」
何でそこまでウチに来たいのか逆に問いたい所だ。
給金も無い。衣食住だけは提供する。私は何もしない、と言っても入るそうだ。世の中金を必要としない奴が多すぎだろ。
「たんま!ストップっ!?そうだ……あの大きい奴を倒さないといけないっ!」
「あ、逃げました」
「逃げましたね」
「でもあれを何とかしなきゃいけないのは事実だし、お仕置きは後でやろっか」
哀れな化け物は逃げる口実に使われた。
しかしあの化け物相手に皇竜列斬波が通用するのかは私としても気になる所。
「よっしゃ頑張れ皇竜列斬波の兄ちゃん!」
「あいつを皇竜列斬波で倒せばもしかしたらお前の女神が惚れてくれるかもしれんぞっ!」
「皇竜列斬波かっけええぇぇぇっ!」
「「「「皇竜列斬波ぁーーーっ!!」」」」
「恥ずかしくなるからやめてっ!?」
同じ出身だけあって私の様に皇竜列斬波が気に入った模様。笑えるもんな
ナキリのお供であった女性陣も段々と恥ずかしくなってきたのか顔が赤くなっている。
「皇竜列斬波って、良く考えたらちょっと痛いかも」
「うん……全く気にしてなかったね」
「他人目線で考えたらちょー恥ずかしいよ!」
「わ、私は悪くないと思いますよっ!?」
「可哀想だからこれ以上はやめよっか」
済まんな、どうやら女性陣達の愛情度を多少下げてしまったかもしれない。
いつかきっと皇竜列斬波を完全に受け入れてくれる女性が現れるさ……
「何を悟られた顔をしてらっしゃるのでしょう?」
「いやね、キキョウもあの蒼い炎を拳に纏って蒼炎何たら撃とか言えばいいのにって」
「ただ炎を纏っただけの攻撃を何故カッコつけなきゃいけませんか」
「そうよねぇ」
異世界では流行ってるのかもしれない。
「所で何で異世界人を召喚しようとか思ったのですか?」
「それは……これ」
「何ですかこのツルツルした……これは本ですね」
「えらく上質な紙じゃの」
「それもですが見事に綺麗な文字で読みやすいです。どれどれ……」
本?それも上等な本だと?……もしや異世界の本か?
「……ふむ。読んだのは最初だけですが、間違って殺された少年が異世界で転生して無双する話でした」
「何かこの世界にも似たような話がありますね」
「これを真似したと?」
「う、うん……いや殺してはいないよっ!?」
「そりゃそうでしょうよ」
「その本見たら実際の姿で見たくなっちゃって……適当にこれだっ!って人を呼んで冒険させてみたの。でも魔物に襲われてる女性を助けて仲間にする事を3回くらい繰り返した所で飽きちゃって忘れてた」
「それはまた……分かりやすい男です」
それは飽きても仕方が無い。無罪。
だが皆は気付いていないのか?コヤツはもしかしたらもの凄い拾い物かもしれないってのに
「ちょっとマリア、もしかして異世界人だけじゃなく物も召喚出来るの?」
「召喚じゃないよ?魔方陣を通してこっちと異世界を繋げて向こうを見ながら良さそうなのを盗、じゃなくて頂戴するの」
「結局盗んでるじゃない。でもそれはどうでもいいの。そうか……異世界の本も食べ物も思いのままって訳ね」
「昔の異世界とこっちを行き来できる異世界人みたいなものですか」
「凄いですねぇ」
殺さなくて良かった。こんなに便利、いや最高な仲間だったとは……!
「つまり、私達も異世界に行けたりするのですか?」
「うーん、行かない方がいいかも。どんな影響があるか分かんないし」
「他人を連れてきといて良く言うわ。でも見るだけなら大丈夫じゃない?」
「……リーダーは止めた方がいいと思う」
「役職呼びかい、いやいいけど……何で私はダメなのよ」
「危ないから。リーダーみたいに世界の加護を持ってる様な人が向こうを見たらどうなるやら……苦しむ世界を見て、悲鳴を聞いて思わず星を破壊しちゃったり気が狂ったりするかもしれない」
別の未来を辿った世界はピンチらしい。
そこまで酷いのか異世界ってのは、平和な世界って良く言われてるのだがな。
「平和は平和だよ。ただ人間にとってはだけど。天敵である魔物が居ないせいで土地は余す所なく人が支配してる」
「それでは国外に勝手に小国を造る事も出来ませんね」
「大体知ってるし想像ついたからもう結構。まぁいいわ、私は向こうの本と食べ物に興味があるだけ」
「そうしょっちゅうは繋げられないよ。疲れるからね」
「それで十分。ついに馬車に設置した資料室が潤う時が来たわね」
「そう言えばスカスカのままでしたね」
談笑してると空気が震える程の爆撃音、何事かと言うとナキリが例の化け物相手に戦闘を開始した音だった。
一人ではなく5人の女性も加勢しているが攻撃は通らないので支援するだけ。
それでもナキリはやる気満々になってるので効果は有る様だ。
「うおおおおおぉぉぉぉっ!!!」
「あれは、皇竜列斬波だっ!」
「何だとっ!?馬鹿な、技名を言わなかったぞっ!」
「恥ずかしくなったんだっ!!」
「ナキリさんに聞こえてるから止めたげてっ!?」
「分かったっ!代わりに叫んでやればいいんだなっ!」
「「「「皇竜列斬波ぁーーーっ!!」」」」
「うわああああぁぁぁぁっ!!!!」
自棄になったナキリは皇竜列斬波を連発して化け物に浴びせてる。
雑魚なくせにからかう事に関しては恐ろしい奴等よ……
しかし当の化け物はナキリの攻撃と言えど効いちゃいな……いや、良く見ると薄っすら血が滲んでいる。あの無敵の身体に傷を付けるとは……流石だ皇竜列斬波。
「くそ、かすり傷しか与えられてないっ!」
「ナキリ様っ!武器の方が耐え切れてませんよ!!」
「ち……結構高い剣なのにっ!」
折れてはいないがぐにゃっと曲がっている。柔らかい素材なんだろうか?剣には詳しくないから分からん。
剣が使えないとなると……どうするんだろう。
「ねえマリア、あの化け物を鑑定すると何て出るの?」
「名前はアトロノモス。種族名もアトロノモスだから名前は無いみたい。地底に眠ってあの背中のトゲトゲから魔力を吸収して過ごすんだって」
「ほー、何か無害そうな奴」
「実際無害じゃない?多分生まれてからずっと地底で寝てたんだし誰も知らないかも」
となると初の地上って事か。こんな所に呼ばれてどうしたらいいのか分かんないだろうに。オマケに攻撃されるんだからたまったもんじゃない。
「これはやはり地底に送り返すってのがベストでしょう」
「ちょうど空間の扱いが得意な女神様も居ますからね」
「ふふんっ!」
「そうね、魔法とは違うんだし通用するかも」
だが地底ったって何処に送るんだ?
適当にマグマの中に放り込めばいいか。
「ところで強さは分かんないの?」
「色が赤いからかなり強いと思うよ」
「色で判断するのか。じゃあ私は?」
「んー、ペド・フィーリア、人間、ワンス王国出身。色は白」
「パンツの色の話ですか?」
「黙ってろ変態」
「色が白って事はすんごい弱い。ハズなんだけどリーダーはおかしな強さなんだよねぇ」
白が弱くて赤が強い。理屈が分からんが警戒色は強いって事でいいんだろうか?
どうやら素の私は驚きの弱さらしい。知ってたけど。
鑑定って言ってもそのくらいしか分からんのか……正体を見破れるだけ使えるか。
「待って下さい、アトロノモスとやらの様子が変です」
「ん。何か怒ってる」
「ああ、大きいので痛みが脳に到達するのが遅くなり今気付いたって事でしょうか」
「たかがかすり傷というのに」
「馬鹿言いなさい、初めて受けたダメージなんでしょ?マリアだってギャーギャー泣くくらいなんだから怒ってもおかしくないわ」
「泣いてなんかっ……はい」
アトロノモスはナキリを敵と判断したのか、そのデカイ顔をナキリに向けると一本角にとんでもないくらい嫌な感じをさせ始める。
馬鹿みたいな魔力を溜め込んで一気に発射する気か、ただ充填が早すぎる。
「あれ相手では結界は紙以下ね。私が防ぎましょう」
「あ、あれは恐ろしいですね」
「早いっ……来ますよ!!」
ばりやー、とほぼ適当に結界もどきを発生させた。適当だが全てのものを防ぐ様に作ったのでアトロノモスの攻撃は何とか防げている。
だが、私達の周りにあった土地はみるみる削れてかなりの深さになっていく。これではナキリは不明だがあの女性冒険者達は即死しただろう。
長い事魔力を吸収してただけあって威力が半端ではない。時間にして数十秒で攻撃は止んだ。だがすでにこの場は地形がめちゃめちゃだ。
「こ、ここここええええっ!ペドちゃんの側に居なきゃ死んでたぜっ!」
「そういや皇竜列斬波達はどうなったっ!?」
「彼等は残念ながら……」
「え?危なそうだから仕舞っといたよ?」
ほら、ドサドサと何もない空間からナキリ達が落ちてきた。
いつの間にかマリアが救出してたようだ。そういや凄い奴だったっけ、性格が子供だから頭に無かったわ。
ナキリ達は自分達の状況を把握したのかガクガク震えた後にマリアにしきりに感謝していた。何か本当に女神様扱いされ始めてる。
「ルリさん仮にも大精霊なんだから何とかして下さい」
「嫌じゃめんどくさい」
「そう言えばまともに戦った事なかったわね。いいじゃない、やりなさいな」
「ブラックドラゴンとやらと戦ったじゃろうに」
「あれは精霊魔法じゃない。大精霊の力で戦いなさいよ」
「ふむ、大精霊の力と言うと……こんな感じかの?」
アトロノモスの片足が急にズボっと地面に埋まるとバランスと崩してそのまま傾いて倒れた。
ただしあの巨体が倒れるとか私達の居る場所ですら被害が出るので転移でその場から離れる。
「巻き添え食うとこでしたよ」
「あれは何を?」
「ただ奴の足元を液状化しただけじゃが」
「土や石を液体化とかとんでもないですね」
「説明が面倒じゃからそういう事にしとくのじゃ」
あれが大精霊の力か。あれだけではないだろうが初対面でサヨが勝てないと言っただけはある、かな。
「あのまま地底まで沈めれば万事解決じゃないですか?」
「その手も有りですね」
「待って欲しい、あいつは……俺にやらせてくれ」
空気の読めない異世界人がただ一人やる気を見せている。
物語の主人公気取りな節があるのでやられっぱなしなのが気に食わないのか。
「やらせるも何も、勝てそうにないのですが」
「いや、異世界人は一度は強敵相手にピンチになるのがお約束なんだ。そして新たな力に目覚める……つまりそういう事だ」
「どういう事よ」
「まぁ任せてくれ、死亡フラグは立ててないからきっと大丈夫さ!」
謎の自信を持って倒れているアトロノモスに向かっていく。
それが分かったのか横向きながら口を大きく開き、威嚇の姿勢を取った。ドラゴンの雄叫びですら竦みあがって動けなくなる冒険者も多いってのにあの巨体だ、ナキリの動きも鈍るかもしれない。
「ァ、ォー」
「か細っ!?」
「ちっさっ!声ちっさっ!!」
「これは……長い事喋らなかったら声があまり出ないの法則っ!」
「もしかしたら吠える事自体初めてなのかもしれません。何にせよ引篭もりに助けられましたね」
チャンスはチャンスだ。これを見逃す訳には行かないとナキリは突進する。
「目覚めろ俺のチートおおおぉぉぉっ!!」
武器は曲がったので捨て、拳に全てを込めてアトロノモスに叩き込む。
だが目覚めなかった。
パシンと良い音はしたがダメージを与えた様子は無い。
やはり皇竜列斬波じゃないと……
「まだまだああぁぁぁぁっ!」
ぬおおおおっっと良く分からない力を込めてるが、何がしたいのかは私達には分からない。
だがアトロノモスには効果が現れた。
相変わらずか細い声だが少し苦しんでいる。ナキリの拳を通じてアトロノモスの体内に何かしらの影響を与えているみたいだ。
「いいぞ兄ちゃんっ!そのままやっちまえっ!!」
「皇竜内気孔かっけええええぇぇぇぇぇっ!」
「勝手に名前を付けるなああああああぁぁぁぁっ!!」
その激昂が合図になったかの様にナキリを中心に爆発した。
何故爆発したかは分からないがあれがナキリが目覚めた力、という事にしとこう。
だが悲しいかな、爆発しても範囲は顔の一部、正確には顎の部分だけなのでアトロノモスが無事なのがすでに確認出来ている。
「やったか!?」
「やってないのが見えてるじゃねぇか」
「だな……倒したか倒してないのか分からないワクワク感が無いのが残念だな」
「あんたら自由ですね」
ナキリが居た場所は粉塵で見えないが、その中から人影が飛び出したかと思うと私達の目の前で着地した。当然その人物はナキリなのだが
「やったか!?」
「そのやり取りならやったぜ」
「アイツをやってないのは見りゃわかんだろ」
「く、力不足だったか……」
そうとも言えない。現に無敵の化け物だったアトロノモスが口から出血している。
ユキ達がダメージを与えられなかった事を考えると大したもんだ。
「タイムアップ。どこぞの軍が来ました。幻獣と共に来たみたいなので恐らくは」
「ドーーーンちゃああああんっ!」
サヨの言葉をかき消して現れたのはミラが率いる幻獣、と上に乗ってる兵士。
その数はおよそ三百。少ない気もするが幻獣が三百も来ると考えるとかなり凄い事だ。幻獣の大きさにもよるが一体につき2~4人乗ってるみたいなので兵士の数は千は居るだろう。
それでもアトロノモスを相手にするには足らんけど。
しかし幻獣に頼んだとは言え良くこんな短時間でここまで来れたな。
まるでここの事が分かってるかの如く……だがそれは同乗している人物を見て納得した。
ミラの他に姫のくせに戦場に現れたワンス王国の姫、そして……あの占い師であるエルフの姫。
奴のお告げとやらがあればここに来れても不思議ではない。
ミラ達や兵士達はアトロノモスの大きさにかなりギョッとしているが、幻獣達は全く気にした様子もなく私達の元へ向かってきた。




