幼女、平原を破壊する
すぐ隣にブチ切れたであろう精神年齢が退化したお母さんがおられる。そして私は絶賛横で倒れたままなのでここで暴れられたら確実に巻き込まれてしまう。
あのボケ小僧め……踏むだけならまだしもきっちり壊しおって……!仮に踏むだけだったら私達が抹殺する程度で済んだものを……
何処からかやってきたアリスさんがお母さんの鎖をぶち切ったのは良くやったって感じだが、元はと言えば勝手に居なくなったアリスさんのせいなので全く褒められたものじゃない。
むしろアリスさんのせいで私達がピンチなので後できっちりお説教だ。
ただ、近くで聞いてたから分かったのだが、お母さんとアリスさんは元々知り合いだったようだ。
あのリュックは出所不明の代物だったが、贈り主が実はアリスさんで今では覚えてなかったけどお母さんにとってはブチ切れるほど大切な品。
て事はアリスさんって割とお母さんにとって大切な人なのか……お説教は少し手加減してやろう。
実はこんな事を考えてる間にすでに目の前でお母さんがじーっとこちらを見つめてたりする。そうです、現実逃避です。
だが私は何もやってない……標的はあちらですよと視線で伝えても気付かれないこのもどかしさ。
「ちい姉、ユキちゃんはその変な鎖のせいで動けないから待ってても動かないよ?」
「おー……」
その通りなんだが、そんな鎖程度で動けないとかユキって大した事ないねって言われてる感が凄まじい。特にアリスさんのニヤけた顔がっ!
……まぁ本人はお母さんに思い出してもらえてニヤニヤしてるだけだと思うが。
しかし二人とも、敵がすぐ側に居るって事を忘れてないか?
まずは憎きアイツを倒して怒りが収まった後に助けて頂いても私は一向に構わない、大丈夫だろうけどまた捕まったりしても困る。
「あ、ちい姉が変な鎖にまた捕まった」
「ああ、見えてるからもしかしたらと思ったけど、やっぱり幽霊には物理は効かないのか」
「その理論が通用しないって事はあなたが大した事ない相手なのはわかった」
「何のことだい?」
何だ雑魚だったか、いやアリスさんの言う事なので真に受けない方がいいんだけど。本当に大した事無いなら鎖は厄介だが、奴は奇跡人の中でも最弱……奇跡人だった頃のリンさんに苦戦したヨーコさんでもコイツなら楽々倒せるだろう。
如何に初代フィーリアが創造した人間もどきでも強さはピンキリなのか。まぁそうそう姉さんクラスの奇跡人が居ても困るけど。
そんな事よりお母さんだ。あのバカは鎖を巻き付けとけば安心だと思ってるみたいだが、思考出来る時点で鎖なんて意味が無い。
奇跡人にしては奇跡ぱわーに詳しくない。二代目をメルフィさんと間違えるし、挙句に奇跡すてっきを放り捨てる始末。
ここまでフィーリアについて何も知らないって事は生まれてすぐ捨てられたか置いてけぼりにされたのだと推測出来る。
「困ったなぁ、幽霊に効く攻撃って何だろうか」
「んー、今回は私は見物に徹するけど?」
「今回は、かい。まさかとは思うけどアドンを倒したのって」
「私に構ってる余裕あなたにあるの?」
割と大きな音と共に土埃が顔にかかる。
見えないから詳細は不明だが、まぁアイツがやられたんだろう。案の定お母さんに思考以外を封じる鎖なんて効果無かったか。
次は土埃では済まされない気がするからアリスさんは早く私を救出すべきだと思う。
「だから言ったのに。でも一撃でこのザマとか本当にざっこっ!」
「ざっこ」
「おっと、とりあえず皆を助けてから報復した方がいいんじゃないかな?」
「なんで?」
「そりゃあ後から私の暴走に巻き込まれるなんてっ!……って感じで皆が死んで後悔するかもしれないし」
例えはどうかと思うがナイス提案だ。だがアリスさんが助けろと再度言いたい。
だがまぁこれで安心だ。死ぬという言葉にそれぞれ焦りを感じてるが、少なくとも私が殺される事はあるまい……前回を考えるに。
バキっと鎖を壊す音がした。お母さんは踏み潰す方向で鎖を破壊する事にしたようだ。
アリスさんが居たのは幸いというか、指示を出してくれる方がいて良かった。素直に言う事を聞いてくれるお母さんにも感謝だ。
これでようやく自由になれた……
リンさんが。
何故か一番付き合いの長い私をスルーしてリンさんが最初に救出された。納得いかない!
「うごくお人形」
「リンちゃんだね。けどユキちゃんが号泣してるから助けてあげよっか」
「おー」
ようやく動ける。あんな雑魚い相手の鎖で身動き出来なくなるのは屈辱だった。
全てを封じられても精神論で何とかなりそうだし、今後はそう言った訓練もするとしよう。
「ありがとうございます。そしてご迷惑をおかけしました」
「はい。直して」
「……」
どうやら私の存在価値はリュックの修復だけらしい。
改めて壊されたリュックを見ると思いっきりビリビリだった。力任せに引き千切った感満載のリュックはそれはもうビリビリに裂けてた。
直す……リュックとしてなら直せるだろうが、修繕した後が縫合手術したうさぎみたいになってしまう。そして機嫌を損ねた私が死ぬ。
まずい。どうする……一から作ってもそれはもはや別物。考えろ、そして生きろ私。
「あれ、他の娘達は助けないの?」
「なんで?」
「そりゃあ後から私の暴走……じゃなくて、うーん……まぁいいか」
「良くない」
何故か妥協したアリスさんにメルフィさんから抗議が入った。そういえばメルフィさんだけ喋れたっけ。
私が助けてもいいのだが、今はリュックに精一杯なので無理だ。決して楽しんでる訳ではない。
「姉さん、私の鎖も何とかして欲しい。むしろアリスでもいい」
「私ちい姉に取り憑いてるからちい姉の命令がなきゃ動けないしー?」
うそつけ。あなたも楽しんでるだけだろ。
「さいきんは子供をあねにするのがはやってるの?」
「姉さんのが年上」
「へー。わたし忙しいからまたね」
あっさり見捨てられた。メルフィさんが加入したのは耳事件の後だったしお母さんがキレると精神が幼くなる事を知らなかったか。
耳が惜しくばそのまま黙っていた方がいい。
「待って、お願い姉さん。私もそいつを嬲り殺しにしたい」
「わたしのえもの。他にもねてるひとたちいるしがまんして。何かあったらかってに死んで」
「私は……他の皆を見捨てようと自分だけでも助かりたいっ!」
言い切った!
言い切りやがりましたよメルフィさん。大人しい顔して腹の中は黒だったか……流石は元悪魔と言ったところか。
私はすでに自由な身だし、憤怒の表情の姉さんが見れたから良しとする。
「おー、くされおっぱい、面白いからたすける」
「……感謝する」
お眼鏡に適ったらしく、メルフィさんも自由の身となった。
今までにないくらい輝かしい笑顔でこちらにくるメルフィさんに本当に性格悪かったんだなと思った。どの面下げてこちらに来るんだと言うべきか。
「次は誰が助かるのかなっ?」
「目的が変わってますよアリスさん」
「いやぁ、皆の怯えてる表情見てたらあの奇跡人とかどうでも良くなっちゃって」
その奇跡人は上半身の部分だけ地面にめり込んだ状態で倒れていた。足を掴んで思いっきり叩きつけたと言った感じだな。いい気味である。
しかしこの程度で沈むとは本当に雑魚だったみたいだ。
「ちい姉次は?」
「……めんどくさい」
「じゃあ気に入った娘だけ助けようよ」
これは酷い。選ばれなかったらとんでもない心の傷を負う事になりそうだ。
だが悲しいかな、今のお母さんはアリスさんの言う事は案外聞いてしまうみたいで、渋々と言った感じだが取り残された皆を見つめる。
まず最初に救出されたのはマイさんだった。
蝶だから、という謎の理屈で助けられた様だが妥当か。今のお母さんの頭の上は恐ろしい様で私の肩に止まった。リンさんは堂々とお母さんの肩に乗ってると言うのに……
「……あ、ありがとうございます」
「ん」
次に選ばれたのは……
なんと姉さんだった。
「そんな……姉さんは一人取り残されて惨劇に巻き込まれる運命のはずですっ!?」
「おい愚妹」
「何でサヨちゃんなの?」
「お人形といっしょ」
「そっか、リンちゃんにそっくりだもんねー。リンちゃん居なかったらスルーされてたかもね」
「納得しました」
「くっ……納得してしまった自分が憎いっ!」
自覚があるとかちょっと不憫に思う。
今度からちょっとだけ優しくしてあげよう。もちろん嘘だ。
「わんこ」
「私の様な者にお手数おかけして申し訳ありませんでしたフィーリア様」
「わんこ?」
「はい。狐ですが、イヌ科なので似たようなものです」
「貴女ちょっと前に犬とは違うとか言ってたでしょうが。ビビッてるでしょ、野生の本能ですか?」
「生きるのに必死だねー」
とりあえずキキョウさんも無事救出された。
しかし残るマオさんとルリさんは一瞥されただけでそのまま取り残された。
「マオさんが放置されるのは意外ですね」
「前回の功労者だったんですけどね」
「隙を見て助けて差し上げましょうか」
あの二人の無事を祈ろう……そして私の無事も祈りたい。
どうすれば完璧に直せるか姉に聞いても知らんの一言だ。仕返しのつもりなんだろうがこちらは命がけなんだがら違う場面でそういう事はして欲しい。
完璧に直すとしたら時を戻す魔法か、うーむ。とりあえず手直しで出来るとこまでやろう。
メルフィさんはお母さんが止めを刺す前に復讐してるのか奇跡人の尻を蹴り続けてる。
あの手の輩は逆に喜びそうだから止めた方がいいと思う。
「ぬるい」
「む、姉さん。少しは気が晴れたから後は姉さんに任せる」
「ん」
お母さんにバトンタッチするようだ。喋り方が若干似てるな。
いよいよお母さんが暴れるという事で離れた位置に避難すべきじゃなかろうか……
あの二人もそうだが、ただ突っ立ってるだけの巨大生物もとばっちりを食らいそうだな。
「助けなくていいのですか?」
「見てて下さい姉さん。こう、腕をちょっと動かします」
「ええ」
「するとチラっとお母さんがこちらを見ます。まるで余計な事をすんじゃねぇと言った感じで監視してるかの如く」
「ただ動く気配を察知して確認してるだけでは?」
「そうかもしれません。ですが怖いので助けるのは止めておきます」
「貴女も十分メルフィさんくらいは人でなしですよ」
そういうなら姉さんが行けよって事だが、思いは一緒なのでもちろん静観している。
「仕方ないなぁ」
流石は今はお母さんの一番のお気に入りであるアリスさんだ。勝手にちょろちょろと行動しても許されるっ!
お母さんも気にしてはいるが咎めはしない。
そして無事に鎖を外された二人は涙目でこちらに向かってきた。涙目の理由はお察しである。
「今日のアリスは一味違う」
「ふふんっ!私に感謝して欲しいねっ……まぁ別に助けた理由は皆が心配ってだけじゃないんだけど」
「そうなんですか?」
「今のちい姉は精神が幼くなってるみたいだけど、たぶん完全に幼くなってる訳じゃないよ。何だかんだ皆に被害がいかない様にセーブして戦いそうだし、それなら皆が居なけりゃ思いっきりぶちのめせるんじゃないかなって」
……そうなんだろうか?
「それはともかく、何故ぷっつんすると幼児退行なさるのでしょう?」
「子供が一番残酷だからじゃないの?」
「普通のお姉様も大概残酷な方でしょう」
「いつものちい姉なら周りの自然の被害、目立って後々の厄介なこと、奇跡ぱわーの代償の事とか無意識の内に考えちゃうんじゃない?」
ほほぅ、一理ある。まるでお母さん博士かってくらい詳しい。……私の次にですけどねっ
過去に姉さんが五丁目に襲来した時は幼児退行してなかった、あれはセティ様達が町に居たからセーブしてたのかもしれない。
その理屈でいくと前回はマオさんが止めてくれなければ危なかったか……勇者に感謝だ。
「何はともあれ全員助け出された事ですし、ちょっと離れますか」
「あの大きいのはどうしますか?」
「巻き込まれて死ぬなら構いませんが、逃げ出して何処かの国に突撃しようものなら大惨事ですね」
「今回はシックス王国が絡んでるから北に向かわせればいいと思うよっ」
シックス王国か……詳しい事は知らない国だ。
ルリさんによれば性欲だけはご立派な国らしい。あそこで娘を産んだ母親はまず違う意味で号泣するのだと。襲われる未来が確定してるんだろうか。
後は女性冒険者は立ち寄らない国である事でも有名らしい。
「おきろ」
ズボっと奇跡人を引き抜く音がしたのでそちらを注視する。
時間切れみたいなのであの巨大生物は放っておこう。
☆☆☆☆☆☆
「おきろ」
そう言いつつソイツを引き抜くと私によって強制的に目覚めさせられた様で若干怯えが見える瞳で話かけてきた。
「いっ……なんで、僕の鎖から」
鎖、ああ……あの妙に脆い鎖か。
身動き出来なくなるのは厄介だが、それだけだろ?
奇跡ぱわーには何の影響もない。ただ、出し惜しみしたせいで大事なリュックがボロボロになったのは反省すべき点だ。
そう、リュックがな。
「僕の手の内が鎖だけと思うなっ!」
急に手をこちらに向けると何かゴゥって来た。ゴゥって来ただけで何されたかは分からない。衝撃波の類だと思う。
「なにそれ?」
「は……この、化け物!」
化け物は少し離れた場所にいるデカブツだろうに。
でも本当に何なんだろう……魔法でも打ってるのかね。分からんけど、どうせ効かないんだし気にしなくてもいいや。
「どう、なってるんだい?」
「私には何も効かない、そして私は何でも出来る」
「なんだい、それ」
何なんだろうな。
で、どう壊そうか。やっぱりリュックと同じ目に遭わせるのがベストだと思うけど。
後で考えるとしてまず捕まえる。すると何か抵抗するのでとりあえず顔面にぐーぱんして黙らせる。
そしてズルズルと皆が居る方に引きずっていったらアリスちゃん以外が引きつった顔をしていた。
何でだろ。
「どうしたの?」
「リュックとおなじにする」
「それは……とても酷い事になるね」
確かにユキちゃんが持ってるリュックは酷い事になっている。
これは、改めて見るともう許す価値なし。ぶち殺してやる。
『お、見ろ兄弟』
「おお、あれはペドちゃんだなっ!」
「何だ、結局先を越されてるじゃないか」
「降りてる。これは本気を出してる真っ最中だせ」
なんか来た。
美味しく無さそうな馬と男達だ。あ、一人女もいた。
「しかし間近だと更にデカイな……襲ってこないのが救いだな」
「……フェルの姿がない。まだ救助されてないのかっ!?」
「それはいけないわっ!私達は救助を最優先して一刻も早くここから離れましょうっ!?」
「どうしたんだ嬢ちゃん?」
「まぁ俺達も一刻も早くエロい目に遭ってるエルフちゃんが見たいしいいんじゃね?」
うーん……私の邪魔をする訳じゃないみたいだし、放っておいていいかな。
馬達は誰かを救助しに行くんじゃないのか、こっちにかっぽかっぽ歩いてくる。
馬に連れて来られた人達は私の隣を走り抜けて行く。よくわかんないけどいってらっしゃい?
「ペドちゃん、ここは任せた!……リュックが破れとるっ!?」
「余計なもん見るんじゃねぇ!」
「嬢ちゃんが焦ってた理由はそれか」
「これは、地下への入り口か?……よし、穴の中に入ろう」
「崩落しないだろうな?」
「アイン……貴様エロと命、どっちが大事だと思ってやがるっ!」
「俺をなめるなよ?……いくぜっ!」
物凄く騒がしい連中だった。
だけど邪魔しないならそれでいい。馬達は寄って来てるがこちらも見てるだけなので良し。ただし見てるのは捕まえてるゴミだ。あげないよ?
『……あぁ、こりゃ創造主の。こいつどうすんだ?』
「こわす」
『何か怒らせたのか、なら自業自得だな』
さて、まずはどうしよう?
最初は何されたっけ?
ああ、そうだ踏まれた。
「あ、お姉様が足を上げましたね」
「ユキちゃん最低一キロくらい離れた位置に転移!」
「は、はい!」
「あ、地下に行ったエルフ達は」
まだ死なせはしない。たった一撃で済ませられる罪じゃないからな……
だけどまずは砕けろゴミ野郎!
☆☆☆☆☆☆
私が過去最高に早さで転移の呪文を唱え終わると同時にお母さんがアイツ踏みつけたら爆発が起きた。何で?
「転移……くうううぅぅぅっ!?け、結界を」
「ぎゃああああああああぁぁぁっ!結界結界結界結界!!」
パキっ!パキっ!
音を立てて張ったばかりの結界が消失していく。焦った姉が結界を乱発する事で何とかお母さんが放った謎の爆発攻撃の余波を防ぐ事が出来た。
きっかり一キロ離れたというのに恐ろしい……あの奇跡人はもう死んだんじゃないかと思う。ついでにユニクス達も。
そういえば地下にあったあの施設は……
きっちり崩落してた。ご愁傷様です。
皆さんもこの状況にかなりびびっている……この場所はすでに平原と呼べる場所では無くなってるから無理も無い。上級にあたる魔法ならここまで被害出すのは出来なくもないが……
「……足で踏みつけるだけでどうしてこうなるんでしょう」
「ジャンピングキックじゃなくて良かったねっ!」
「ほぅ……流石はフィーリア様でございます」
「この状況で見惚れるなんてキキョウさんは中々の逸材ですよ」
ドドドと地響きが聞こえたのでそちらを向けば、あの爆発の中生還したユニクス達がこっちに避難してきた。
流石は神獣と言ったところか。
『あっぶねぇっ!?あのデカい化け物を壁にしなきゃ即死だった!』
「あなた達はそう言いながら死なないタイプなので大丈夫です」
『うるせぇ薄情者っ!ちっぱいっ!!』
いつものユニクスがやられた。本当にいつもの事なのか他のユニクス達は全く動揺しない。お互いボロクソに言い合えるほど姉と馬は仲が宜しいようで
そうだ、せっかく出血してる事だし血を容器に入れよう。
「はわー、あの大きいトカゲさん無傷ですよ」
「ぬ、あれはトカゲには見えぬが……あの至近距離なのに確かに無傷じゃな」
「でも逃げていきますよ」
確かに逃げてるかの如く移動速度が速くなった。明らかにお母さんから距離を取っている……無敵の化け物まで逃げ出させるとは流石は我が母。
今は放っておくとして、あの場所は危険なので遠見の魔法、そして風魔法を使って音を運ばせることにした。
「……」
「うごかなくなった」
やっぱり死んだのか?
せめてお母さんの気が済むまでやられるのが貴様の役目だろうに。矛先がこっちに来たらどうするんだっ!
……はっ、そうだった、リュックを直さないと。
「……死ぬな、意識を落とすな、狂うな。貴様に安らかな眠りは許さん」
「ひ、ぎ?」
む、一瞬だがいつものお母さんが現れた気がした……アリスさんが完全に幼い精神になった訳ではないと言い張ってたのは本当かもしれない。
お母さんが何事か言うと奇跡人が意識を保てるくらい回復した。楽には殺さないという事だ。
「かは……こ、のっ、お前が砕けろっ!」
雑魚と言えども奇跡人、あそこからでも反撃する余力はあったか。
お母さんが居た周辺が衝撃音と共に炎に包まれた。まぁ……大丈夫だろう。
チクチクと見物しながらリュックの一部を直してみたが、やはり痕が残る。……参った。
「それで?」
「なんで、僕がもらった力、まさか……次代は、君の方か」
「……冷めた」
む?
お母さんからおぞましい程あった威圧が消えた?
何か正気に戻らせるような出来事あったか?
「先代から貰った力しか無い様ね。数百年もの間お前は何をやっていたのか、実力だけなら亜人のリーダーだったショタロウにすら劣る」
「なに……」
「先代の残した子供達でお前ほど弱い奴は初めて。まるで与えられた玩具で遊ぶ子供の様……脆い鎖の強度を増すだけでもかなり違うと言うのにそれすらしなかった様ね」
「……」
「先代は失敗した。お前には能力なんか与えるべきではなかった。サヨみたいに何も与えられず自分で力を得ていたならここまでくだらない存在にはなってなかったでしょう」
「しっ、ぱい……」
「せめて私の憂さ晴らしの為に苦しみながら死ね。お前にはその程度の価値しかない、せいぜいお前を壊したがってる幼い私の玩具になって遊ばれなさい」
「僕は……」
「じゃあ……まずはそのおくちをきりさこっか?」
ああ、正気に戻ってなんかなかったか。
両手で倒れているアイツの口に手をかけると思いっきり……ここからは見ると何かグロそうなので見ない事にした。
視線を外すと考える事は一緒なのか皆明後日の方向を見て……ませんね。アリスさんとキキョウさんはそれぞれ楽しそうに、方や恍惚した表情でお母さんの凶行を見ていた。キキョウさんも中々に曲者だ。
今頃このリュックみたいに裂けてるんだろうな……
血が喉にでもつまったのかガボガボ言って叫んでる奇跡人の悲鳴を聞きながら裁縫をもくもくと続ける。
姉さん達は崩落して地下に生き埋めになったかもしれない者達の救出、という名目で惨劇から目を逸らす事にしたようだ。
そう言えば私も与えられた力ばかりなのだが、アイツの様にくだらない存在とか思われたりしてるのかと……それこそくだらない疑問を思い浮かべてすぐに消した。




