幼女、釣りをする
「サヨ姉が鬱陶しい、どうにかして」
「何か燃えてるからねぇ……そして私は釣りの真っ最中だから邪魔しないで」
建国しても良いと聞くや否や張り切って国の設計について頭の良い組を捕まえて話し合いをしているが、サヨ以外の面々は暑苦しい者を見る目で見ながら黙って聞いているだけである。
耐えかねたメルフィが私の元へ来たのがついさっきのこと。
大体気が早すぎだろ。もう国を興す気かよ
私としては自分の国なんぞより今日の夕飯の方が大事なのでこうしてのんびり釣りをしている。
初めは釣りをしようにも釣竿どころか釣り道具が何一つ無い事に気付き、もう魔法で捕まえるか水竜に頼めば良いんじゃないか?って話になったが魚と言えば釣りだろう……という私の意見により現在釣りを実行中である。邪道はあかん。
とはいえ道具は無いので急遽マオの武器であるワイヤーを操作して先端を釣り針の様な形にしてその辺に居た虫を餌にして湖に向かって投擲したが、小一時間経ってもまるで当たりは無かった。
ちなみに竿の代わりはユキの鞭とメルフィの杖である。
「釣れないわね」
「です」
「マオも当たり無しか、餌が悪いのかもねぇ。退屈だこと、暇な時間は好きだけど退屈は嫌いよ」
「何だか深い言葉ですねぇ」
何か老け込んできてるぞこの娘。流石は余生を謳歌する老人が好きな種目である。
しかし私は魚が食べたいので老人みたいに釣れなくてもいいやみたいな状態では困る。人数分……いや、私だけの分だけでいいから釣らなくては
「大体目処がついたので許可を頂きに来ましたっ!」
「くそ、厄介な奴が来たか……釣りしてるから後でね」
「そんな水竜が居る所で釣りしても魚が寄ってくるわけないでしょうに」
「……なんだって」
「それよりもこの設計ですが、私は知っての通り亜人の国を建国した経験があるので基盤はすぐに出来ます。なのでそれを応用する事で」
そんなんどうでもいいわっ!
なんたる不覚……!普通にそこにいるから忘れていたが、こいつはドラゴンだった!私達は気付かなかったが他の動物からすれば威圧感は半端ないだろう。そりゃ魚が寄ってくるわけないわー。まさか水竜に釣りの邪魔されるとは予想外
「クゥ?」
「うん、可愛いから許す」
水竜に罪は無い。あるとすれば小一時間も指摘しなかったこやつ等にある。
まずはささやかな復讐としても嬉々として話してくる建国云々の話を聞き流す。
「聞いて下さい」
「や」
「聞いて下さればいつぞやの様に符を浮かせて湖の真ん中、深い場所まで行きその上から釣りを楽しむ事が」
「すでに建国した経験があるのは良いわね。もうサヨに任せればいいと思うわー。でもこの場所が何処なのか分かんないから移動させるのも有りかも、ついでに城やら街やら造るのなら時間かかりそうだから買うってのも一つの手段よね、お金はかかるけど。持ってくるだけでいいなら楽よ、後はある程度の人手がやっぱ要るかなぁ……警備の兵とか特に、でも信用出来る奴をそんなに集められるか」
「急に思いついたにしては中々な意見です。場所についてはまた後で議論するとして、人手に関してはやはり奴隷でも買われてみては?中にはそれなりに戦闘出来る者も居るでしょう。隷属の首輪でも付ければ裏切る事もないでしょう」
奴隷、ワンス王国にずっと住むつもりだったら縁が無いであろう言葉だ。
実物を見た事が無いので何とも言えないが、働かなければ殺すとか脅せばちゃんと働いてくれる事だろう。
だが値段が分からん。建物を買うなら金が不足するだろうし……タダなら良いのに。
「城とは言わないけど、私達が住むに値する屋敷っていくらするの?」
「2億くらいですね」
高っ!?屋敷一つで破産するじゃないかっ!
もうダメだ、国とか諦めよう。
「まぁまぁ、お金なら貯めようと思えば貯めれますよ」
「もうあれよ、普通に冒険者として生命を終えましょう」
「何とかなりますって」
何とかなるだろうが高級宿屋巡りを満喫する方がきっといい。
あ、というか建国しても冒険者するなら屋敷とか要らないかも。何だ余裕じゃん
「必要です。城も屋敷も持たない王など存在しません」
「という事は世界初じゃの」
「馬車でいい」
「ダメですっ!嘗められます!!」
「無駄遣いはいけないですよー」
諦めるという選択肢はサヨには無いようだ。鬱陶しいことこの上ない。
妥協して安い家を買えばいいのにそれも威厳がどうたらと言う理由でダメだそうだ。幼女に威厳を求めるとか難しい注文だと思う。
「いっその事持って来ればいいと思います」
「買ったら持って来るって話でしょ」
「いえ、そうではなく滅亡した国や街から。そうすればタダで街の住居が確保出来ます。修繕費用はかかると思いますけど」
「それだ」
タダは良い。いいのだが、勝手に持ってきていいのだろうか?
と思ったが大丈夫らしい。全滅した以上そこは国ではなく国外の中立地帯同様の扱いになるので誰かが頂こうと思えば頂けるという賊には有り難い話となっている。
ただし大体荒らされているので金品が残っている事はほぼ無いとのこと。そして賊が住み着いている可能性もあるようだ。そりゃタダの家が有るんだから使わない手は無いだろうな。
品質は期待しない方が良いとの事だが、そこはリフォーム担当のサヨに丸投げすればいい。
「なら話は早いわ。ちゃちゃっと土地を確保したら湖を移して更に家を持ってきて終わり」
「土地を決めるのも難しいですけどね」
そもそも国造りの最中に凶悪な魔物に襲撃されて国が成立する前に滅ぶ事がほとんどで、小国として成り立つ国が出来るのはほんの一握りだけなのだと。
建設途中の国を守る冒険者を大量に雇えるお金があるか、魔物の侵入を防ぐ結界が使える、又は街一つを覆えるほど強力な結界の魔道具を所有しているのいずれかではないと無理らしい。
そのくらい大国の外は強い魔物で溢れかえっているのだろう。私達は結界でスルー余裕なので実感があんまり無いけど。
しかしその理屈でいくと兵力があるペロ帝国は自分達で建国してそうなものだが何故放浪してるのだろうか。大国を乗っ取る必要があるのやら……変態達の考える事は分からんな。
「土地ですが、ワンス王国とトゥース王国の中間が良いかと。妖精達が住む山の隣とか良いかもしれませんね」
「そうですね。知ってる国の近くは良いかも知れません、気候も分かってますし妖精達も訪れやすいなら開墾もスムーズにいくでしょう。というか他の国の近くは危険が増えるので止めた方がいいですね」
「圧倒的に平和なのはワンス王国とトゥース王国だけです」
「トゥース王国は隣が隣なのでそこまで平和とは言えませんが、ルリさんが余計な森を作ったおかげで今は大丈夫でしょう」
「役に立っておるじゃろうに」
だが妖精が住んでる山の隣もまた山である。平たくするには大規模な自然破壊をする必要があるのはいかがなものか。今は虫人が住んでる元鬼の里を奪うのも手だが、あんだけ友好的な種族を追いやるのも躊躇する。というか奴等は防衛に役に立ちそうなのでそのまま居てもらった方が良い
「山を丸ごと転移させて場所を移すのも手ですが、魔力がもたないですね」
「それなら湖を持っていくのも無理じゃない?」
「そう言われてみれば……まぁ湖は作ればいいでしょう。水竜が住める程度の広さがあればいいんですし」
「ここにいる水竜がこの子だけとは限りませんが?」
「ふむぅ……ではやはりこの湖を持っていくしかないですね。転移符をありったけ使えば大丈夫、な筈です」
距離が短ければ、という条件は付くらしい。
てことでここが何処なのかまず調べる必要がある。こんな時に手っ取り早い方法なのが精霊に聞く、である。
「分かったぞ。どうやらここはワンス王国の漁村から10キロほど離れた場所にある島らしい」
「案外近場でしたね」
「島ならもうここを頂戴しましょうよ」
「いえ、あまりにも国から近いのでやめておきましょう。10キロ程度なら船で行き来する事が可能ですので良からぬ輩が来る恐れもあります」
ダメだそうだ。まぁこんな簡単に場所が決まってしまうのもつまらないから良いけど。
近場と分かった以上湖を転移させる事が出来るので早速準備に取り掛かろうとしてる気が早い娘がいるが
「待ちなさいな、まずは転移させる場所の確保が先でしょうに」
「おぉっ、そうでした」
「で、思ったんだけど、山を亜空間に収納して移動出来ないの?」
「出来ますけど、山に住んでる生物が全て死んでしまいますよ?」
「亜空間に入ると死ぬの?」
「死にます」
まじか……死ぬのかよ。空気が無いんだろうか?
「中を調べようとした者も居ましたが、生きて出てきた者が居ないので中がどうなっているのか不明です。手を突っ込むなど体の一部を入れる分には大丈夫ですが全身入るともれなく死にます」
「亜空間の中は時間が止まっているので生物が入るとその瞬間生命活動も止まる、というのが一番信憑性のある説ですね」
入ると死ぬ。
……馬鹿な、最強魔法じゃないか。
無駄に派手で威力のある魔法よりよっぽど酷い。
使える者は少ないだろうし、ただの便利な収納魔法と思ってる者ばかりだと思うが、この凶悪性に気付いた奴がいたらその瞬間そいつは脅威の存在になるだろう。
「幽霊な私も死んじゃうの?」
「アリスさんはどうでしょうね?でも危ないので検証するのは止めた方が良いですね」
「いや、やんないけど」
亜空間を応用した戦い方を取った事のあるユキとサヨも亜空間に閉じ込めて敵を殺すという選択肢は思いつかないみたいだ。収納魔法という思い込みのせいだろうか?
学園で亜空間魔法は収納魔法であると刷り込みされた奴は思いつかないと思うが、私の様な不真面目でまともの勉強しなかった者が気付くかもしれないな。
二人に教えてもいいが、万が一使用している所を他人に見られて広まってしまうと厄介なので使用禁止にはしておこう。ホントにヤバイ時には切り札の一つとして使ってもらうのは有りだな
「……なんと、思いつきませんでしたが確かに凶悪な使い方ですね」
「うーん……入ると死ぬという知識はあるのに何故思いつかなかったのか、まあ確かに多用はしない方がいいですね」
「使える者は限られてるから大丈夫、と思う」
「何だか凄いですねー……」
使わなければ大丈夫だろう、という結論で終わった。
まぁ話題から大分逸れていたからか反応は思ったより鈍かったな……即死魔法が身近にあるってのにこの興味の薄さ、恐ろしい娘達だこと。
「話を戻しますが、建国場所はもう山の手前にある森にすればいいと思います。植物だけを移動させるだけなら手間もそんなにかからないでしょう」
「森が減ると魔物も減って鬱陶しい輩が増えない?」
「森の奥にある木を手前に持ってきて植えればいいかと。それならば森の広さは変わりません」
「森と山に囲まれた国になるって事ね。まぁそれでいいか」
サヨは早速とばかりに作業に取り掛かるが、符を浮かして釣りをするという約束はどうしたんだこの野郎。こいつ絶対忘れてやがる。
「ちょっと、私とマオはさっさと釣りしたんだけど」
「終わるまで待って下さい」
いつ終わるんだと。
夕飯に間に合わなかったらどうするつもりだ。私の中では焼き魚とメニューが決まっているので他のおかずなんか却下だ却下。
「転移符を貸しなさい……ありったけよ」
「いいですけど、まさか……」
「湖と山を入れ替える……そして私は釣りを再開して焼き魚を食べる!」
「驚きの理由」
「いやまぁ……手間が省けてこちらとしては助かりますが、大丈夫ですか?」
「その為の転移符でしょうに。補助さえあればきっと余裕よ」
しかも入れ替える場所は分かっているのだ、多少の気絶時間で済むと勘も言っている。
転移符の補助が無い場合は……何か数週間は寝てそうだな。すげぇな転移符
「第一の住民は水竜ね」
「初っ端が魔物とか今後増える住民もまともじゃ無さそうですね」
「住民というかペットですが」
国内にドラゴンが居るってだけで中々の威嚇になるんじゃないかと思う。
……ふむ、それもいいな。ドラゴンを捕まえてきて周りの山に放し飼いすれば兵士もあんまり要らない防衛ラインが出来るんじゃないか。
ついでにもっきゅん達にも見張りさせておけばより安全になる。
しかし来訪者は全く来ない気がするが、別に私達だけ暮らせればいいんだし来なくていいわ。
「魔物を見張りと防衛に使えばお金もかからないと思う」
「そんな都合よく言うこと聞く魔物は……もっきゅんが居ますね」
「後は知能の高いドラゴンと……神獣でもとっ捕まえてくるか」
「どんな小国にする気ですか」
「金のかからない凶悪な国よ」
誰も思いつかないか、思いついてもリスクが大きい故に実行はしないであろう魔物を利用する手だが、やってやろうじゃないか。
そもそも私兵を置くって言ったって人間の方が信用ならんのだからこっちのがいいわ。
まぁまだ思いついた段階だし、魔物については保留だ。まずはさっさと湖と山を入れ替えるとしようか




