幼女と地竜
不機嫌だ。今の私はそれはもう不機嫌だ。2日連続で早起きするという私にとっては苦行な事もあったが、町より空気が澄んだ山中だった為か、目覚めはなかなか清々しかった。
しかし…今の私は年甲斐もなく頬を膨らませて、ぷりぷり怒っている。他人から見れば年相応の子供がグズってる光景にしか見えないだろう…余計に腹立ってきた!
この調子ではせっかくの旅も楽しめる訳がない。何故、現在この様な状態なのかと言うと────
「…ユキがマイちゃん寝取った……」
「人聞きが悪いです」
「事実じゃない。私がすぐ側で寝てるってのに、そんな仲良くなるまで二人で何してた訳?」
「お話していただけです」
「マイちゃんと話?ぬいぐるみに話かける女の子みたいな一方的な会話でしょ?」
「マイさんはちゃんとお返事できますよ」
「羽根パタパタ…って奴でしょ。あれって結局自分の都合の良いように解釈してるだけなのよね~」
パタパタ
ユキの右肩に乗ってるマイちゃんを見る。いや睨みつける。そう…何とマイちゃんは一夜にして私からユキへと乗り換えたのだ!
「尻軽な蝶め……!」
パタパタッ?!
「後で『私とユキのどっちが好きなの!』って三角関係で言い寄られる立場にしてあげるから覚えておきなさい」
パタ…パタ……
もちろん選択肢を間違えたらBAD ENDルートに直行だ…クックック……
「あまりマイさんを虐めないであげて下さい。私が無理を言って親睦を深めたいと申したのです」
「ほほぅ…それがマイちゃんが浮気した理由なのね。しかし、ユキが私ではない方を庇うとは珍しい」
「マイさんとはお友達になりましたので。喋れないマイさんに代わって弁解させて頂きます」
「そう…ユキに友達が……蝶もどきだけど。でもまぁ、あのユキに友達が出来てお母さん嬉しいわ」
「はい、ありがとうございます。お母様」
「ユキが親離れする日も近いかもしれないわね」
「それはないです」
ですよねー。むしろ私がユキ離れ出来ない。お世話してくれる人が居ないとどうやって生きればいいのだ。
「親離れはありませんが……もし…ご主人様が私を不要になったら…」
「その心配はないわ。私は一人で何でも出来るけど、同時に一人では何も出来ない人間なの。奇跡ぱわーが無ければ…ユキがいなけりゃ何も出来ない」
「…はいっ。ずっとお仕えします」
パタパタッ!
「…マイちゃんは居なくても大丈夫かな」
パタッ!?
悲しんでる悲しんでる。私は優しいからこれで許してやろう。
「後30分程で目的地につきます」
「ついに到着するんだ」
ホームドラマをやってる最中にも目的地に向け進んでいる。妙に長く感じる山登りが漸く終わるのか…
……
「何で私は山登りしてる訳?」
「…?お金を稼ぐためではないのですか?」
「そうね。薬草を採って売る為ね。でもそれは今まで通りユキが一人でやってくれればいいと思う」
「それはまぁ…ですが、こうして足を運んだおかげでマイさんと会えたのですし」
「結果的にはね。自分で言うのも何だけど、私が自分から頑張るとか言い出すのはおかしい」
「確か旅行がしたいと…」
「これは山登りよ」
「魔物が見たいとも…」
「確かに見たかったけど、その程度じゃ動かないわ」
「セティ様の様にはなりたくないと」
「それだ」
解決。困った時のクズ(母)。私がやる気になった理由としてしっくりきた。
ずっと抱っこされてるだけの分際で何言ってんだ?って感じだが
再びやる気が出たので残りあと僅かで到着する目的地を目指す。
……
「着きましたね」
「お、ご苦労様」
目的地である薬草の群生地とやらを眺めると…
そこには黄色い花達の絨毯が敷かれ、まだ残る朝露が日に当たり輝いていた―
「これは…素晴らしい」
「気に入って頂けて良かったです」
「大満足ね。この風景を絵にして保存したいくらい」
「お任せください。限りなく正確に再現致します」
「えぇ、お願い」
これを見られただけでも来て良かった…ここまで苦労して…してないか。しかし、これ以上の光景がこの先の旅行で見れるだろうか……
「旅行…旅の醍醐味ね。こういう景色を見て回るのも」
「そうですね。きっとこの先も同じかそれ以上の感動がありますよ」
「ユキが言うなら間違いないわね。で?薬草ってこの花?」
「そうです。これは白露花と言って、花の蜜を飲めば魔物の毒を浄化する事が出来ます。まぁ上級の魔物の猛毒にはあまり効果ありませんが」
「ふーん…じゃあ早速摘んじゃおうか」
花は黄色なのに白露花とは如何に…この風景を破壊するのは勿体無いが、そうも言ってられないしなぁ…?
……んー、あの奥にある大きい岩動いてるなぁ
「動いてる岩があるわね。あれ実は生き物でここのボスキャラ?」
「あれは岩に擬態できる地竜という生き物です。空は飛べません」
「竜!旅行に出てたった3日で会えたかドラゴン!奇跡すてっきが唸るわっ!行くわよユキ、ついに強大な相手とのバトルよっ!!」
「いえ、あれは……まぁ、行きましょう」
ふははははっ!ついにふぁんたじーからファンタジーへと変わる時が来たっ!
……
「ちょーガッカリなんですけどぉー?」
「王都にいる下品な貴族の学生みたいな喋り方してはいけませんよ?」
地竜を近くで見るとかなりデカい。私の目測によれば体長およそ20メートル。岩で出来てるかの様な皮膚は見るからに固そうだ。飛ばないとはいえ竜種。受ける威圧感は今まででは一番だろう。…普通に立ってればだが……
地竜とやらはユキが近づいたのを確認した途端仰向けになり静止した。こいつ、ユキに服従しとる。
勢いよく仰向けになる事で地震かと思うほど揺れたので何が始まる?と、思えばコレだ。酷い。奇跡すてっき唸れない
「ユキに服従してる様だし、とりあえず全身が見たいから起きる様に命令しなさい。話はそれからよ」
「はい。…起きなさい、畜生。ご主人様が貴様の起きた姿を見たいと仰せだ。さっさと起きない場合はまた…」
「ギャウッ!」
背筋ぴーん…こいつ姿勢いい。というかユキが怖い。急に冷酷にならないで欲しい。大体また…っていつも何してるんだ……
「どうですか?」
「そうねぇ…やっぱり大きいだけあって襲われたら怖そうね」
本来ならばだが。他の地竜はともかく、もうこの地竜に恐怖を感じるのは無理だ。だって泣いてるし…
「竜の涙って貴重?」
「神獣ならともかく、この地竜の涙は何の価値もありません」
「竜の素材って売れる?」
「売れません。地竜の身体は全てゴミです。存在する価値は毛皮のある下級の魔物以下ですね」
「あなたダメねー」
「キュウゥゥゥン…」
かつて竜を言葉だけで、ここまで号泣させた事がある人物がいるだろうか。
「こいつも言葉は分かってる様だけど喋れないの?」
「はい」
「…丁度いいわね。マイちゃんの代わりに実験しましょう」
「グァッ?!」
不穏な空気を感じたのか後ろを向いて逃げ出す地竜…逃がさんっ!!
「人語を喋れる様になれっ!…ついでに電撃食らって麻痺しろ!奇跡ぱわぁー!」
「グアビャビャばあああぁぁっっ!!」
…人っぽい悲鳴をあげたな、成功したか。早く起きて…みたい……
★★★★★★★★★★
『そちらのユキ様に会う度にボコボコにされましたので、確か4度目に会った時に抵抗するのを辞めました』
「正しい判断ね」
気絶から回復し、竜に喋らせて見れば予想以上に流暢に話す。奇跡ぱわー何でもありだなー
今はユキと地竜の出会いから今に至るまでを聞いている所だ。
『…ユキ様がいらっしゃるまでは、そりゃもう強者として挑んでくる人間達を倒したもんです』
「信じられない」
『いやまぁ…今の姿を見れば信じられないでしょうが。しかし、貴女の様な少女が本来喋る事が出来ない私をここまで喋らせられるとは…もう人間が恐ろしくて襲えませんね…』
ごめん。私達は特別だと思う…
「この地竜が人を襲わなくとも…ここまでスラスラと喋る竜の存在を知られたら、危険と見なされ討伐隊が派遣されますが」
『えー…?嫌ですよぉ…』
「だらしないわね。折角喋れるんだから言葉で威嚇くらいしなさいよ」
『た、たとえば…?』
「何かこう…食べるぞっ!みたいな…」
『美味そうな人間だ…俺の餌にしてやろう!…とか?』
「そりゃ死ぬわ」
『酷いっ!?』
だって負け犬臭しかしないもん
「仕方ない…喋れる状態にしたのは私だし…納得いくセリフを思いつくまで付き合ってあげるわ!」
『えーと、ありがとうございます…?』
「畜生にまで慈悲を与えるとは…ご主人様に感謝しなさい」
地竜のセリフを考える。全く意味不明な話だが、何か面白そう。
セリフが決まったら適当な冒険者を仕向けて反応を見ようかな…
考えること、およそ20分。とりあえず定番そうなセリフを喋ることで決定した。
「次は実践よ。私を無謀な冒険者と思ってさっきのセリフを言いなさい」
『わかりました』
ちなみに今はユキから降りて地面に立っている。抱っこ状態だと緊張感が台無しだからだ。
………
「貴様が噂の喋る地竜か…」
『何をしに来た人間よ…』
「被害が出る前に…貴様を倒しにきた!」
『やめておけ…』
「黙れっ!行くぞ地竜!!」
『仕方ない…生きて帰れはせぬぞ?貴様の腸を食い破り、殺した後に全て食らってやるわ小娘がぁっ!』
「何だとこんにゃろおぉ!誰がお前なんぞに食われるかっ!くらえ隕石っ!奇跡ぱぅわあぁーーっ!!」
『え゛っ…?!待って…ぎにゃあああああぁぁぁぁっ!!!!?』
空から飛来した巨大な岩は、地竜を押し潰し地面に見事なクレーターを作った。
気絶する直前、威力が強すぎたのか凄まじい地震と衝撃波で吹っ飛ばされそうになったが、いつの間にか後ろに居たユキが支えてくれた。
……地竜死んだかも
★★★★★★★★★★
『理不尽です、理不尽です…うぅ』
現在地竜はスンスンと泣いている。ますます残念な竜だ。
目覚めたら白露花の花畑の上にシートが敷かれて寝かされていた。
横目で見ればユキが「ご主人様を!小娘などとっ!トカゲがっ!」と言いながら地竜をゲシゲシ蹴ってる最中だった。
結構早く起きれた様だ…と思いながら地竜を上空に蹴り上げ、空中コンボを決めてるユキを止める事にした。…スカートなんだから跳ぶのやめなさい…はしたない。
「あれね、私達に出会ったのが運の尽きね」
『うぅ……』
「何かもう飽き…可哀想だから薬草摘んで帰りましょう」
「かしこまりました」
強く生きなさい地竜よ。次はきっと普通の人間が来てくれる―――
『あの…お願いがあるのですが』
「もうエンディングに入ってたのに…」
「殺りますか?」
『ひぃぃっ……!』
「いいわ。聞いてあげましょ」
くだらない理由だったら半殺しにする
『えっと、白露花?でしたっけ…それを頂いてもいいですか?』
「勝手に採ればいいじゃない」
『それが…その、ユキ様に花には手を出すなと』
それでか、妙に荒らされてない理由は。この地竜は花畑を守っていたのだ。
「花を欲しいとか、あなた草食系なの?」
『いえ、娘にあげるのです』
「話を聞きましょう」
子供の竜とか可愛いかもしれない
『はい。娘は少し前に、毒を持つ蛇型の魔物に噛まれて大分弱ってしまっているのです』
「ならさっさと薬草あげなさいよ。流石にユキの言い付け守ってる場合じゃないでしょ?馬鹿じゃないの?」
「ご主人様…魔物の世界は縦社会なのです。私が手を出すなと命令した以上、私に服従したこの地竜は許可なく薬草を採る事は出来ません」
『その通りです』
……愕然とした。命より命令を取るとは…実にくだらない存在だと思う。この地竜はユキに怯えて子供より自分の身を守ったのだ。魔物とはそういう存在ばかりなのか……?
「呆れた。実にくだらなかった」
『それでは…ダメ、ですか……』
地竜はガッカリしている。だがそれだけだ。自分の子供に死が迫っているのに瞳に絶望の色もない。仕方がない…と諦めている。目の前に救う手立てがあるのにだ…
「娘の場所に案内しなさい下郎」
『で、では…!娘を助けて…』
「黙れ。勘違いしないで、お前の為じゃない。さっさと行け」
『は、はい!こちらですっ!』
慌てて地竜は案内を始める。これも子供が救えるという喜びからではなく、苛ついた私に怯えての行動だ。
私達は先を進む地竜の後に続く。沸き上がる怒りの感情を抑え、今尚苦しんでいるであろう子竜の元へ進んでいった




