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「やめてください」

 どこからかそんな女性の声が聞こえてきた。声の方に目を向けると改装工事中のビルの前で女の子を男3人が囲ってもめていた。

 男3人は年も服装も体格もバラバラでと一人一人見れば普通の常識人のようだが、三人ともポケットから同じお守りのようなものをぶら下げていた。3人ということもあり強めの態度で喋っていた。

 対して女の子は背中まで伸びた綺麗な黒い髪によく見るとうちの高校の制服を着ている。目にかかりそうな前髪と少し大きめのメガネで表情はわかりにくかったが弱々しく萎縮しているようだった。

そこで占いの内容を思い出す。

『午後の外出はできるだけ控え行動も注意しましょう。厄介事に巻き込まれてしまいます』

もしかしてこのことをいっているのか?だとしたらここから離れたほうがいいのだろうか?

「さっきっからずっとここにいるけど、誰か待ってるの?」

「もしよかったら私たちの話を聞いてくれないか?ほんの10分でいいんだ」

 誰が見ても明らかに気の弱い女の子を勧誘している宗教団体だ。

「私たちの話を聞いてくれるだけでいいんだ」

「直ぐに終わるから」

 嘘つけ。

 この手の勧誘は本当にしつこい。だからこういう時は強く出てきっぱりと断らないといつまでもついてくる。

 だが彼女の様子を見ると強く言えるわけでもなく戸惑っている。

そうなると相手が折れるまで開放なんてしてくれない。たとえ待ち人が来ても最悪その人も巻き込んでしまう。経験者が言うんだから間違いない。

助けに行ったほうがいいのだろうか。

「ちょっと話を聞いてくれるだけでいいんだ。ここでもいいし場所を移してもいいんだけど…、おいそこのメガネっ!何こっち見てんだ、見せもんじゃねえぞっ!!」

 目が合ってしまったとたん叫ばれてとっさに目を背けてしまった。

 携帯を開いて意識をそらす。

 このままでいいのか?

 消極的に過ごして何も欲しない。それが俺のスタンスだろ。

だったら関わらないようにここから立ち去ったほうがいい。占いにも書かれていたことだし、これ以上厄介事に巻き込まれないようにしたほうがいい。

 周りの人だって同じこと考えている。

 女の子には悪いけど運が悪かったと諦めるしかない。

 やがて暗くなったディスプレイは俺の顔を写しだす。

 これでいいのか?

 これでいいんだ。どうせ自分が行っても状況は変わらない。そう自分に言い聞かせて、携帯を閉じて立ち上がった。もうこれ以上この状況を見ていられなかった。さっさとここから立ち去ろう。

「私たちの言う通りにすれば幸せになれるんですよ」



「………やめろよ」



 目の前の4人はこちらに振り向いた。その顔はどれも驚いていた。

「なんていったんだお前?」

 ホント。何言ってんだろう。自分でもなんでこんなこと言ったのかもわからない。

 現実はいつだって理不尽だ。だから傷つかないよう諦めてたのに。

「彼女嫌がってるだろ。やめろって言ってんだよ」

「何をいってるんですか。私たちはただ神の教えを説こうとしているだけです。誰もが幸福になれる方法を教えているんですよ?それの何が悪いんですか?」

 そうやって人の不運を食い物にするんだろ。知ってるよそんなこと。

「アンタらがどんな神を信仰しようが勝手だが、自分のノルマに他人を巻き込むな」

 そう言うとガタイのいいデカブツが俺の襟を掴んで締め上げた。

「ふざけたことぬかしやがって!俺たちの言ってるとおりにすれば救われるんだぞ!」

「………ふざけんな」

 そんなもんあるわけねぇだろ。

 でもそんな文句は金属音と悲鳴に掻き消えた。

 音のする方を向けば一目瞭然だった。

 建設用の足場が崩れて落ちてきていた。そしてその落下地点は俺たちのいるところだった。

 勧誘の2人はさっさと逃げデカブツは俺を突き飛ばすと二人を追っていた。

 突き飛ばされて尻餅をついていた俺とそれに巻き込まれた女の子はとっさに動くことができなかった。

 鉄骨が目前に迫った時ふと今日の占いを思い出した。

『あなたの意志が試されます』

 これがその結果か。

 やっぱり、俺は不運なのか。

 誰かのためなんて思っても報われなくて。

 やることなすこと全部裏目に出て、誰かを助けることもできないのか。

 そんな理不尽あっていいのか?


 ふざけるな


 そんな理不尽で俺の想いを踏みにじるな


 その時だった。

 目の前にノイズが走る。時間が止まる。

 聞こえないはずの声が直接頭の中に流れ込む。

 目の前には男とも女とも取れない綺麗な人が立っていた。


 その人は透き通るような声で問いかける


 奇跡を起こしたいかい?

 何を言ってる?


 今君の手には現状を打破するきっかけが握られている。

 君はそのきっかけで奇跡を起こしたいかい?

「起こせるのなら…起こしたい」


 奇跡を以て君は何を望む?


 あぁそうか。本当はずっと待ってたんだ。変わるきっかけが欲しかったんだ。

 諦めたフリなんかして傷つかないように自分を騙していただけだ。

 本当はずっと期待していたのに。

 だからアプリをダウンロードした。それでLP見て落胆した。

 でもきっかけはもう手に入れた。

 もう諦めるのも、嘆くのもいい加減こりごりなんだ。


 だから俺は、


「理不尽で不運(クソッタレ)な現実を変えるための力を!!」


 目の前の人は笑う


 君の意志 確かに


 そして光に包まれる。


 LP 384 → LP 364


 落ちてきた鉄骨は触れるとそれは意外なほど柔らかく、溶けて体の表面を流れてはじけていった。


 UP 1565 → UP 1065


 地面に衝撃が走り、激しい金属音は次第に小さくなっていく。

 そしてすべてが静まり返った時、右手に携帯を握りながら俺は無傷で空を仰いでいた。



『アプリのアップデートが完了しました』






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