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プロローグ

「チュール!仕事に出かけるよ!バッテリーはオッケー?」

麻紀さんの声が響く。窓の外から太陽光が降り注ぐ。朝?いやこの明るさだとすでに正午に近いくらいだろうか。

「はい、麻紀さん。バッテリー残量は92%、時速6kmの通常移動の場合、約10時間分に相当します。活動に支障はありません。」

「うん、上等上等。」

頭部を手のひらで叩かれる。ペチペチと音がした。頭部を叩かれるというのは本当は不快なことであると認識しているが、麻紀さんのそれはマスターとしての親愛表現なのだ。

「じゃ、そこの荷物を持ってね。立ち上がる際に天井に注意しなさいよ。」

と、部屋の隅に置かれた大きなリュックサックを指差す。重さにして10kg相当といった所だろうか。麻紀さんは華奢な体格の割に腕力が強いほうだが、10kgの荷重は彼女にとっても負荷が大きいだろう。確かに私が持ったほうが効率が良い。

「はい、麻紀さん。当該貨物は私が担当します。」

と、右のアームを伸ばして荷物を確保し、そのまま右の肩に乗せる。

そこから玄関へ移動すべく歩行動作を開始してまもなく、ガツン、と荷物が部屋と廊下の境にある梁に衝突してしまう。

「こらこら!気をつけろと言ったでしょうが!」

麻紀さんが声を荒げる。どうやら荷物を肩に担いだことで、梁よりも体高が高くなっていたようだ。

「アンタはどうしていつもそこで引っかかるんだろうねー。ロボットの割に不注意過ぎない?赤外線センサーとかないの?」

困ったような笑いを浮かべながら麻紀さんが言う。赤外線センサーというものが理解できないが、私がこのような障害に引っかかることは意外なことのようだ。

「はい、麻紀さん。確かに私はこの障害によく引っかかっています。修一さんに改善を施してもらったほうがよろしいでしょうか」

「修ちゃんにねえ・・・」

麻紀さんはあまり乗り気でないような表情。私に対して改造を行える人は修一さんしかいないのだから、極当たり前の提案をしたつもりだったのだが。

「修ちゃんのことだから、センサーを搭載するためにアンタの体高をさらに高くしてしまうんじゃないかと思うんだけど。それは本末転倒ってもんでしょ。」

「・・・ありえますね。わかりました、私が自力で改善するようにします。麻紀さん」

「うん、そもそも改造施せるほどお金も無いしねー」

ケラケラと高笑いする麻紀さん。彼女はお金の話になると決まってこの笑い方をする。以前、お金が無いのに何が面白いのですかと尋ねたところ

「人間笑ってごまかすしか無いときもあるのよ。アンタもその辺察することができるようにがんばんなさい」

との返答だった。以降、麻紀さんがあの高笑いをするたびに質問したのだが、4度目から回答を得られなくなった。以来この質問には回答してもらうことはできないものと認識し、同じ質問はしないものとして今に至っている。今回も追求することはなかった。


「それで、今回の任務はどのような内容なのでしょうか、麻紀さん」

「ん、2丁目の谷口さんとこ。酒屋さんね。急な注文が大量に入ってお店のお酒だけではまかないきれないから、問屋に引き取りに行ってきて欲しいんだってさ」

「なるほど。地域住民の方の依頼に応えるのは良いことだと考えます。しかし、報酬は十分なものが得られるのですか?任務を拒否したいわけではないのですが、私を投入するにはあまり割りの良い依頼とは考えにくいのですが」

「・・・やっぱりそう思う?」

痛いところを突かれた、という慣用句が当てはまりそうな表情の麻紀さん。

「いやはははっ、実は谷口さんとこにはいろいろとツケが溜まっててねえ。正直ロハよ、ロハ」

と、先ほどとは少し異なる高笑いをしながら解説する麻紀さん。ロハ。漢字の「只」という字を分解してカタカナの「ロ」と「ハ」で表現した無料を意味する隠喩だ。

「まあ、ね、ほら。溜まっていたツケが減ることは決して悪いことではないんだから、仕事の意味もあるってもんよ」

「・・・昨夜も350mlの発泡酒を7本飲んでいたようですが、負債があるとわかっていながらそれを増やしていたわけですか?むしろ負債をこれ以上増やさないように努めたほうが得策だったのでは」

「ううっ・・・。」

どうも私のマスターは理性的な行動を取ることができないタイプのようだ。以前部屋のテレビの映りが悪くなった際に、私が修一さんの手を借りようと提案するより早く手刀を叩きつけて、事態を悪化させてしまったこともあった。

「でもね、お酒は適度に嗜むくらいならむしろ体にも心にもゆとりを与えてくれるのよ!日々の生活の殺伐感を癒してくれるのよ!と言うかお酒くらい飲ませてよチクショー!!」

どうやら人間なりの言い分と言うものの様ではあるが、私には理解の範疇を超えている。そもそもあまり説得力のあるものでもないように思われる。

「しかし、麻紀さんの体質を考えると発泡酒7本というのはいささか過剰摂取と言わざるをえません。度が過ぎると却ってゆとりにも癒しにもなり得ないのではないでしょうか?」

「あーうるさいうるさい!いいのよ今回の仕事でツケはチャラになるんだから!これが終わったら今後1日3本で済ませてやるわよ!」

「1日3本も麻紀さんの体質から考えるとやはり過剰摂取であると考え・・・」

「しつっこい!」

麻紀さんの蹴りが胴体右にヒット。もっとも特に衝撃は受けない。むしろ私の胴体に蹴りを入れても足を壊していない麻紀さんはやはり理解の範疇を超えている。

「ああもう!ホラ、さっさと仕事始めるよ機械人形!」

よくわからないがおそらく肯定的な表現ではなさそうだ。とりあえず谷口酒店に到着したのでこの話題も打ち切りと言うことだろう。

「こんにちはー。よろずや野上ですー」

麻紀さんが店の戸を開けて挨拶する。間もなく店の奥から一人の男性が現れた。

「やあ麻紀ちゃん、ご苦労さん」

50台前半と言ったところだろうか、痩せ型で、必要以上に紫外線を受けてメラニン色素が多量に合成されたと思われる黒い肌の男性が店主の谷口氏だ。

「さっそくだけどね、これが問屋の地図。今日は・・・歩きかあ。結構距離あるから大変かもしれないなあ。まあチューさんがいるんだから荷物は大丈夫なんだろうけど」

チューさんというのは私のことを言っているらしい。当初は自分のことを呼ばれているのだと認識できなかったが、麻紀さんによると一種の親愛表現らしいので、今はそのように認識している。

「お酒の量はどのくらいになるんですか?」

「それはこのリストを見てもらうのが一番だけど、そうだなあ・・・ビールケースが20箱、一升瓶が30本ってところだから、重量にすると200キロ近くになるのかな?チューさんなら重量的には問題ないだろうけど、一度に抱えるというのは無理かもしれないねえ」

「ふむ・・・リヤカー使うのが一番でしょうね。チュール、お店の裏・・・でしたっけ?リヤカーを持ってきて。あとおじさん、とりあえず私も着替えるのでトイレ借りますね。チュール、荷物こっちに頂戴」

と、リュックサックを受け取る麻紀さん。私はそのまま店の裏へと移動し、長年の使用によりすっかり変色した木材と、塗装が剥げ落ちて赤茶色になった金属で構成されたリヤカーを表通りに移動させた。そのあと数分で、オレンジ色のツナギを下半身だけ着用し上半身部分は腰に巻いて、白いTシャツをまとった麻紀さんが戻ってきた。

「じゃ、おじさん行ってきます。なんとか一度で終われるようにしてみる」

と、私が引くリヤカーの荷台に座り込んで谷口氏と話す麻紀さん。

「そうしてくれると助かるなあ。まあ無理しないで。」

「はい、ご心配なく。よし、じゃあ行くよチュール。時速8キロペースで移動時間は往復30分を目標に!」

「はい、麻紀さん」


合金製の身体が軽くゆれる。ゆっくりと最初の一歩を踏み出す。

彼は決して急がない。それは彼のマスターがそれを望まないこともあるが、彼自身も急ぐことを優先事項としていないからだ。

「アンタはこの街で強い存在である必要はないんだよ。それよりもこの街にいても違和感のない存在になるべきだと思う」

彼のマスターは彼と初めて仕事に向かう折にそのように言った。


「あー、片腕のロボットさんだー」

道行く子供に声をかけられる。

彼の左腕は存在しない。それは彼のマスターが祖父から彼を受け継いだときからすでにそうだった。壊れているという感じでもない。まるで最初からそのように設計されていたとしか思えないくらい、隻腕のロボットの姿は自然だった。

「ほら、せっかくなんだから愛想振り撒いとけば」

リヤカーの荷台で大の字になっている彼のマスターが促す。

普通だと片手を挙げて手を振るなどしたらよいのだろうが、彼は隻腕だった。その代わりにモノアイを七色に明滅させる。

「わあー、キレイー!ママ、ロボットさんのお目目ピカピカー!」

「お出かけですか。事故に気をつけてください」

親子に向かってそのように言って、また彼は前を向いてリヤカーを引き続ける。


「いやー、今日も暑くなりそうだわ・・・。やっぱ今夜も飲みますか」

荷台に横たわる麻紀が一人ごちる。チュールがそれに対して意義を唱えようとするが、今はそれを言うべきではないと認識してもいた。

車道を走る車が次々と彼らを追い越していく。


勢いにまかせてプロローグ作っちゃって、せっかくだからどっかで掲載させてもらおうと思い投稿しました。

大風呂敷広げるか、ちんまりまとめるかは未定。

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