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桜祭・ドリンク・叶わぬ夢

季節は流れに流れ夏です。

果て無き日々は誰の為?

生きているのは何の為?

誰そ彼時に思いを馳せるは貴方。

朝日出る時に想いを抱くは貴女。

しかし、真昼の月は蒼白く、ただ空に浮かぶ海月の如く。

あなたのおもいは届かない。オレの願いは届きはしない。

叶わぬ夢は夢の侭。



『デートに行きましょう!』

そう言ってきたのは春霞だった。

正午をとっくに過ぎた、午後三時の部屋の中。燦燦と夏の太陽が照りつける西向きの窓からは、カーテンが引いてあってもその熱気が伝わってくるほどだった。冷房がかかっていてもそこだけは温度が殆ど変わらない。

「デー・・・ト?」

俺は冷たい飲み物の入った二つのコップを持って立ったまま、暫く悩んでいた。

その間にこめかみの辺りから汗が頬を伝い落ちていった。

「え……っと。デートって、何?」

オレがそう聞くと春霞はひどく驚いた顔を向けてきた。

「おっどろいた…。紅蓉の物知らずってそーとーなのね」

「そんなに言う事ないだろ。そんなにおかしいことかな?」

オレは春霞の驚いた顔に驚いたし、困惑した。

最近、春霞と過ごす時間が多くなってきた。オレが危ないからだめだと言っても、「紅蓉が守ってくれるんでしょ?」といつもの暖かい笑顔を向けてくるから、邪険にできない。それに春霞と過ごす時間はオレにとって、何かと学ぶことが多い。

「かなりね。前に”桜祭り”にことを知らなかった時はビックリしたけどね」

オレの心臓がドクンと嫌な音を立てて跳ねた。


まだ季節的に暖かかった頃、春霞と商店街を歩いていたときだった。

『紅蓉、見て。外灯に桜が。そういえばもうすぐ桜祭りね。』

『サクラマツリ?』

『またぁ?』

その頃からこの『またぁ』は春霞の口癖になっていた。でも不思議と嫌な気がしないのは、春霞の言葉に敵意がないからかもしれない。

『桜祭りってゆーのは、この春の季節に咲く綺麗な花を皆で愛でましょう、ってお祭りよ』

『桜の花ってそんなに綺麗なの?』

春霞は少し時間を置いて、オレの顔を覗きこみながら、

『もちろん!』

と答えた。そしてまた柔らかく微笑んだ。

『あたし桜の花が一番好きなの』

春霞は囁くように言った。

『普通の花じゃないの?』

『ちょっと、前にも言ったでしょ。普通って言葉あまり使わないでっ』

子供のように少しだけ頬を膨らませて、春霞は拗ねた顔をした。

『ご、ごめん。じゃあどういう花なのさ』

『まぁ、花は花なんだけど…でもあの薄い桃色の花びらがはらはらと散るのは一見の価値ありって感じよ?だから、行きましょうよ、桜祭り!』

『そっか…春霞がそこまで言うなら行きたいけど、仕事があるから無理かも…』

『それでもいいよっ!一緒に行ってくれる気はあるんだよね!』

春霞はオレのことを真っ直ぐ見て訴えてくるから、唯の言い訳だと言えなかった。

『マスターに取り合ってみるよ』

そう言ったけど、実際はそんなコトしなかった。マスターに暇がほしいなんて怖くて聞けなかった。

後日、いきなりどうだった?と春霞に聞かれて、少し躊躇ったが、

『ごめん。やっぱりだめだったよ』

と答えた。最初の小さな嘘だった。

その後の春霞の表情は落胆の色なんてしてなかった。

『そっか…でもしょうがないよね。護衛の人が遊びになんか行ってて危ない事とかになったらいけないしね』

『ごめん』

『謝んないで。紅蓉はマスターさんにちゃんと聞いてきてくれたんだもん。それだけで充分よ。ありがとう』

春霞はオレの目を真っ直ぐに見て、言った。その瞳がとても綺麗で深い罪悪感にかられて、泣きそうになった。すぐに言ってしまえばよかったのに、結局言えなかった。本当は違うんだ、って。本当は聞いてすらいないんだ、って。本当は怖くて聞けなかったんだ。本当に謝らなきゃいけないのはそっちの方なんだ。だから、ごめんの言葉の裏で”オレは怖くてマスターに聞く事もしなかったんだ。ごめん。”って謝ってた。

もう嘘はつかない。嘘は今日までにしようってその日に決めたから。

『来年は、一緒に見ましょうね?』


「紅蓉?」

「…ん?あっ!ああ…、何?」

「ううん。何でもないけど、ボーツとしてると危ないわよ?コップ」

一瞬、春霞が何を言っているのか分からなかったけど、しばらくして急いで手に持っているコップを見るとかなり傾けて持っていたのか、あと少しの所でドリンクが零れそうになっていた。

「ああっ!と、ごめん。でなんだっけ?」

「デートの話しよ」

「ああ、そっか。で、デートってなんだっけ?」

「デートってゆーのは…そーだなー、説明求められると以外とわかんないモノねー…デートってゆーのは、男の人と女の人が一緒に出掛けること…かな?」

春霞はしどろもどろしながらもやっと出てきた説明をしてくれた。

「出掛けるだけでいいの?」

「うん。でも・・・」

「何?」

春霞は顔を赤くし俯いて何かを躊躇っていた。

「あの…好き同士、ってゆーのも最低条件、かな」

オレは春霞の真横に座り、ローテーブルにコップを置いた。覗きこむと春霞は顔を真っ赤にさせていた。

「別に良いんじゃない?オレ、春霞のこと嫌いじゃないし」

「本当に?!」

春霞は急に顔を上げるとオレの顔まであと十数センチというところで、嬉しそうにそう言った。

「う、うん。好きかどうかってのはオレよく分かんないけど、春霞は嫌いじゃないよ。それは分かる」

オレは春霞の肩を押さえてちゃんと座らせた。それでも春霞の顔は全く変わらずとても嬉しそうだった。

「じゃあ、今度の日曜日にっ!」

「今度の土曜日?!」

オレは結構遠くにあったカレンダーに目を凝らす。今日は木曜日。

「明後日?!そんな早く都合つくかなぁ…春霞の方は大丈夫なの?そんなに早くて」

「あたしの方は全然大丈夫!毎週土曜日は休み入れといてもらってるから。紅蓉は休みとかもらってないの?」

コップの中の氷がカランと音をたてた。外からは自己主張の激しい蝉の音がする。

そういえば最初から休みの事なんか考えてなかったから忘れてたけど、春霞は休みをもらってるんだ。

「もらったことない…かな?考えてもいなかった」

「ちゃんと言わなきゃだめよ。どんなに偉い人でも頭の良い人でも人の上に立つ人なら、下で働く人の事を考えるべきだわ」

春霞は壁に寄りかかり真っ直ぐに前を見て、憤慨していた。

そんな春霞を横目で見て面白いと思った。春霞は一体、そこを見ているのだろう。

「でも、言いづらい人なら、無理しないでね?」

「うん。それは分かっているよ」

春霞のことでは無理はしない。それは分かっているつもりだ。春霞のことでは。

「絶対よ」

「うん」

それきり、しばらく会話はなかった。妙な沈黙が流れた。

時計の音がカチカチと単調に空気を震わしていた。外からはなおも蝉の喧しい声がこだましているように響いてくる。クーラーの起動音も心なしか自己主張が激しいことが分かった。

「……」

「暗くなってきたね」

「そろそろ行かなくちゃ?」

「なんで疑問系なの?」

オレたちは少し笑いあった後にようやく腰を上げた。

「飲み物全然飲まなかった。ごめんね」

「大丈夫だよ。少しだけでも飲む?外は暑いから」

「うん。貰おうかな?どうせ汗掻くだろうし」

オレは春霞にコップの片方を渡した。もう片方は自分の右手に持って、そのままキッチンに持って行く。

「飲まないの?」

「うん。あんまり喉乾かないほうなんだ」

「大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。汗もあんまり掻かないほうだし」

「でも、少しは飲んだほうが、いいと思う」

春霞は半分ほどまで飲んだコップをオレに渡してきた。

電気をつけていない部屋は薄暗くなってきていて、彼女の顔はあまりよく見えなかった。

「先に玄関に行ってて、クーラーとか消したりしなきゃいけないから」

「…わかったわ」

彼女はそう言うとキッチンから出て玄関に向かった。

オレはすぐに済むからと言って彼女が玄関にいるのを確認してから、残っていたドリンクを両方とも排水溝に向けて流した。氷が派手な音を立ててシンクに落ちた。

「どうしたの?」

遠くから聞こえる彼女の声は小さく掠れていた。

「ただの氷だよ。流しに捨てただけ!」

オレは急いでクーラーの電源を落とし、玄関に向かおうとした。

「?」

ふとテーブルの下を見ると彼女の帽子が置いてあった。手に取る。

(忘れているのか?)

忘れているよ、と教えようかと思ったけど止めた。それが次に彼女に会うために必要なもののような気がして、この時は返す気にならなかった。

(今は黙っていよう)

帽子をテーブルの上に戻し、玄関に向かう。

「お待たせ。行こうか」

「えぇ」

玄関の扉を開けると暑い外気がまず出迎える。次に蝉の騒音。

しかし、オレは歩き出す。夜の街へと駆り出さなくてはいけない。望むとも望まずとも進まなくてはいけない道を歩いていくような気さえする。しかし抗うことさえ許されない道だと分かっているから。何も出来ない。何も出来ないと初めから分かっているから何もしない。

望みを持ってはいけない。持てば叶わなかった時に残る感情に潰されてしまう。

願いを持ってはいけない。分かっていたはずなのに、今オレは望みを抱いている。

『でもあの薄い桃色の花びらがはらはらと散るのは一見の価値ありって感じよ?』

彼女がそう言ったものを想像してみる。大木薄桃色の花びらが張りつき、それが留まることなくはらはらと散っている様を。

毎年は一緒に桜祭に行こうと、一緒に桜の花を見ようと約束をしてしまった。

前まで、約束がオレを生かしていると思っていた。約束があれば明日に繋がっていられると思っていた。しかし、最近は違うように思えてきた。

オレは生かされている。けど、生きていて良いのだろうか?


「ひっ…!たっ、助けてくれー!」

「観念しろやぁっ!紅蓉!!そっちに行ったで、止めろ!」

「イエス。マスター」

繁華街の裏通り。そこでオレはマスターの追いこんできた男に、ピタッと照準を合わせた。標的されている男の真後ろにはマスターが立っている。

「最期に、言い残したことはないか?」

マスターが話すと、男は後ろを向いた。しかしオレは標的から目を離さない。

男は口を閉ざしたまま、肩で息をしていた。手には何も持っていない。丸腰だ。男はマスターから目を外しオレを睨みつける。

「無いんなら、ここで終いや。紅蓉」

「はい」

「殺せ」

「イエス。マス……」

オレが言い終わらないうちだった。その瞬間、標的は何かが切れたように咆哮し、懐から折りたたみ式のナイフを取り出した。そして男はそれを振り翳しオレに向かってきた。

オレは出来る限る冷静に照準を合わせ直し、引き金を引いた。銃弾は走っている標的の左腹部に命中。貫通しないように骨を狙ったのでかなりの激痛が伴っているはず。

「ぐっ…!」

標的の男は苦痛の表情を浮かべた。それを見てオレは終わりだろうと思い銃を降ろした。「紅蓉っ!構えろっ!!」

マスターの声に反応し前を見ると、オレの数メートルにまで男が迫ってきていた。その右手にはナイフがあって、今まさにオレに振り下ろそうとしていた。

(ヤバイ)

そう思った時にはもう遅かった。構えなおした銃から発射された弾丸は、男の耳を飛ばしただけだった。

「アーメン」

それだけ言うと男は力尽き、その場に突っ伏して倒れた。男の腹からは血が滲み、溢れていた。その場に残った男の遺品は、無様な死体と神への祈りの言葉。そしてオレの腹に深く刺さっているナイフだった。

オレは男の血溜まりに銃を落とし、膝から崩れた。地面に手を付くと血が跳ね、服や顔についた。

「紅蓉っ!!」

自分の腹を見るとナイフが刺さっている所からじわじわと赤い染みが広がっていくのがみえた。

ナイフの柄に手を掛け、一気に引き抜く。

「……!!ぐっ…くっ……そぉ!!」

ナイフは乾いた地面に落ち乾いた音を立てた。抜いた所からさらに出血が酷くなり、血が溢れてきた。

「紅蓉っ、生きとるかっ!?」

オレに駆け寄るマスターがひどく心配そうな顔をしていた。

「すみま…せ………オレ…」

息が苦しい。頭がクラクラする。

オレは腕で体を支えられなくなり血溜まりに倒れそうになった。しかしすんでのところでマスターに支えられ助かった。

「おい、紅蓉?おいっ、しっかりせぇ!…っそ…まだ死ぬなよっ」

マスターはオレを抱え上げ、どこかに向かい走りだした。行き先は分からない。意識が保てない。

オレはこれから何処に行くんだ?



果て無き日々は何時の為?

生きているのは何の為?

誰そ彼時に強く祈るは貴方。

朝日出る時に儚き夢を望むのは貴女。

しかし夜の帳が降ろされれば黄金に輝く月は美しく、それは神の如くに美しい。

願いの数は人の数。破れた空からしとと流れ落ちる数多の夢たち。

叶わぬ願いは血のようだ。




第六部、最後まで読んでくださってありがとうございました。ご足労とは思いますが、評価をしていただければ、幸いです。

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