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夢・蒼牙・世界と居場所

あの頃は何も知らなかった。世界の広さはオレの視界の領域だけで、自分に出来ることといったらただ人の邪魔にならず沈黙しているだけだった。自分以外の人間はたくさんいた。本当にそれは『たくさん』いた。全てが未知数であり、何かは無限であり、何かは芥ほどもなかった。けど、好奇心は生まれない。『そんなもんなんだ』と始めから理解していたような、確信のような諦めだけが生まれては頭の中に停滞していった。

オレがその時知っていた世界の殆どは、夜の暗闇や腐蝕し腐爛した肉に集り啄む鴉の黒々とした空気や、血や財欲、色欲、食欲、物欲などの非情な邪欲に塗れた人間達の笑い声のような紅い空気が交じり合った混沌とした世界の裏側。世界の裏側が、オレの世界の全てだった。



今日のマスターはやけに静かだった。というのも、本を読みながら熟睡しているからだ。

そしてオレは、そんな熟睡中のマスターに毛布を掛け、周りに散乱している本を片付ける。

それぞれの入る位置はもう覚えてしまった。麻槻かをりの『東京陥落時』は一番右の棚の上から二番目、左から二番目。浪垣蛹の『誰が為に』は左から三番目の棚の下から三番目、右から五番目。

マスターの寝顔はとても安らかだった。

思わず顔がほころぶ。


『大丈夫。心配せぇへんでも、お前が受かるように俺が細工をしてある。』


暗い暗い、薄暗い世界に一片の光の欠片だけを投げ込んでくれた人物。


『汚らしぃ子やなぁ。』

『・・・・・・け』

『ん?』

『あっちに、行け・・・・・・!』

『・・・・・・っははははは!おもろい子やなぁ。そないな汚いカッコして、そないなズタボロになった布切れだけ着けて。そんだけモノ言われれば良い方や。』

『煩い、汚らしい大人供がッ。お前たちが醜い争いや抗争を続ける所為で、このような関係の無い子供達が巻き込まれるのだ!』

『何言ってん・・・』

『お前、名はなんと言う?』


俺にマスターに拾われる前の記憶はない。


『あんた、何もんや。』

『私か・・・。私はお前の左目と同じだ。闇の色、しかし闇を完全に闇に染まる事は出来なかった。悲しき事よな。』

『言ってる事がよー分からんのやけど』

『知らないのなら私が教えてやろう。お前の哀しき定め、そして運命。光には受け入れられず、闇には染まりきれない哀しき定め。そしてその右目は・・・・・・』


バタッ!


『おいッ!あんた大丈夫か!』

『少々、陽に当たり過ぎたか・・・。まぁいい。』

『俺の何を知っている。』

『ふっ。知りたいか?・・・知りたくば、この子供を匿ってみるがいい。さすれば私がまた顔を出すかもしれんな。』

『・・・分かった。必ず。出て来い。』

『フッ。私は汚らわしい人間どもと違い、約束は必ず守る。では、また会おう。色違いの瞳を持つ者よ。』

『違う。』

『名は?』

『蒼牙』

『そうか。では蒼牙。また会おう。私の名はコウヨウ。』



『おぉ・・・やっと目ぇ覚ましよったか。』

『・・・?』

『なんや、なんも覚えてへんのか?・・・・・・まぁええ。俺について来い!お前を雇ったる!』


オレは何が何だか分からないうちに、マスターの所に居た。

綺麗な服も味の良い食事も寝返りを打っても居たくないベッドも初めから在った。オレのすぐ近くに在った。

しかし、疑問もあった。

オレは、誰なんだろう。オヤは居ないんだろうか。


でも、結局、そんな事どうでもいいんだ。


『どうしたんや?紅蓉。』

『なぁに、言ってんや。ここが紅蓉の家やないか。安心して休み。』


マスターがオレの名前を呼ぶ。必要とされている。それだけが、ただ、嬉しかった。

だけどいつか他にも、安らげる場所、名前を呼ばれたいヒトができるのだろうか・・・。


「・・・ん?」

「マスター。おはようございます。」

「なんや。紅蓉か。おっ、ありがとな。」

「な、何がですか?」

「本、片してくれて、ありがとな。」

マスターはにっこりとほほ笑み、オレに礼を言ってくれた。

「いえ。これくらい、容易い事です。オレはマスターの元でしか生きられませんから。」

「そないなことないわ。オレやかて・・・」

マスターの言葉が、ふと途切れる。

「マスター?」

「いや、なんでもないよ。」

今はこの場所がオレの全て。マスターだけがオレの居場所。



あの頃は何も知らなかった。世界の広さはオレの視界の領域だけで、自分に出来ることといったらただ人の邪魔にならず沈黙しているだけだった。自分以外の人間はたくさんいた。本当にそれは『たくさん』いた。全てが未知数であり、何かは無限であり、他は芥ほどもなかった。

オレがその時知っていた世界の殆どは、夜の暗闇や腐蝕し腐爛した肉に集り啄む鴉の黒々とした空気や、血や財欲、色欲、食欲、物欲などの非情な邪欲に塗れた人間達の笑い声のような紅い空気が交じり合った混沌とした世界の裏側。世界の裏側が、オレの世界の全てだった。

しかし今は、安らぎや温もりといった一片の光が、オレの心を射していた。痛くて、でもそれが安らぎをくれる。切なくて、でもそれが温かい。

とてもとても、矛盾した心だ。

マスターの口調が関西弁になっていますが、間違いではありません。第二話では共通語を話していましたが、本来は関西弁です。

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