4ダース・瞳・紅蓉
もし、昼と夜の間に名前を付けられるとするなら、夕暮れや夕焼けなんかじゃなく、安堵か焦か少し迷った。心情はまるで振り子のよう。しかし、その紅は揺らぎもせず紅蓮のように鮮やかに咲いていた。
いつもの昼。オレの仕事は夜から。だから昼間はいつも暇だ。
昼の世界はいつも賑やかで騒々しい。一歩外に出れば、道路には必ずと言って良いほど人がいる。鳥の囀りも時折聞こえる子供の笑い声も奇声も、車が排気ガスを吐き出す音も都心の人ごみのざわめきも、オレにしてみればただ煩いだけだ。陽射しでさえもただ眩しいだけだ。
それでも外に出掛けなければいけない時がある。そんなときはサングラスを掛けて、車のキーと財布と携帯を持ち、護身用ナイフとオートマチックを見につけて部屋を出る。
オレは一軒の店を訪れる。毎日を平々凡々と過ごしていく人々は決して入ることが無い、入る必要もない店。
「これに合う弾を3ダースくれ。」
オレはカウンターにオートマチックをゴトリと置いた。店主の男は特に気にする風でもなく、店の奥に一旦消えまたすぐに戻ってきた。その手にはオレの指定した銃弾の入った箱が3ダースより一箱多い4ダースがあった。
店主はオレより少し年かさという程度のように見えるが聞き間違いするほどオレも店主も年じゃない。店主に関しては憶測だが。
「ほれ。」
「あぁ・・・いくらになる。」
「心がない童じゃな・・・。」
オレは鞄から財布を出そうとした手を止めた。
「童が色違いの坊が言っとった童じゃな。」
「色違いの坊・・・」
「あぁ・・・童たちからはマスターと呼ばれていると言ってたな。」
「マスターの事を知ってるのか。」
店主は老人のような口調で滑らかに話した。これが癖なのか。
「あぁ・・・よう知ってる。色違いの坊がまだ童と同じくらいの年だった頃かもう少し年かさになた頃か・・・。長い付き合いになる。色違いの坊はまだ生きているか?」
「あぁ・・・」
生きているか?と聞いた老人の顔は笑顔を浮かべていた。人を嫌な気分にさせない笑顔だ。オレにとっては。
「年はいくつじゃ。」
「何故そんなことを聞く。」
「質問を質問で返すな。今は儂が童に聞いておるんじゃ。」
「・・・・・・分からない。」
「・・・わからない・・・と?童の年を聞いとるんじゃ。己の年が分からない者などいなかろう。」
店主は老人のような口調で嘲るように笑った。オレはそんな事全く気にしない。気にならない。
「生憎なことにオレは自分の年も名前も知らない。」
店主は笑うのを止め、オレの顔をじっと眺めた。その目は開いているのか閉じているのか分からない程に細かった。まじまじと見つめられるのも嘲られることも、もうなんとも思わない。
慣れてしまえば何ともない。それは悲しいような嬉しいような・・・微妙なところだ。
「なら・・・色違いの坊にはなんと呼ばれている。」
的を射ている。マスターに・・・か・・・。昔の名前は知らないが、今の名前はすぐに思い出すことができる。
「何故そんなにオレのことを聞く。俺は客じゃないのか?全部の客に逐一こんな質問をしているのか?」
「そんな訳なかろう。全ての客にこんなに質問しとったら儂の喉が干からびてしまう。」
店主はホッホッホと太った老人のような笑いを起した。
「儂はただ単に童の事が気に入っただけじゃよ。」
「気に入った?こんな物騒な物を買いに来るオレを・・・」
「そうじゃ。童の年頃にしては珍しい目をしておる。」
「目?」
「そうじゃ。まだ若いというに落ちついた心を持っておるように見える。まぁ、悪く言えば、何かを諦めてしまった者の目をしておるな。哀しい、闇を見つめている瞳だ。」
闇を見つめている瞳・・・ね。
「ふぅん・・・。じゃあ、これ以上あんたと話す気はないんで、コレ4ダース買わせてもらうよ。」
「3ダースじゃなくていいのかい?」
「多くあって困る物でもない。」
「多くあって困る物じゃない・・・か。じゃあ、4ダースで一万ってとこだね。」
一万?1ダース二千五百じゃないか。
「いくらなんでも安過ぎやしないか?」
「安過ぎやしないさ。この店にあるモンは全部儂のものじゃ。儂が値段を決めて何がいけない。」
そういうものなのか?それで店がやっていけるのか?
「それに、久々に童のような若造と話しが出来て楽しかった。特別じゃ。」
オレはカウンターに一万札を置き、銃弾の箱4ダースを持って出入り口の扉の取っ手に手を掛けた。扉の半分より上の方についている小さな窓の外には眩しい光とうんざりするような喧騒があった。
オレが外に出ようと取っ手を少し引いた瞬間、「そうじゃ、そうじゃ。忘れるところじゃった。」と後ろから店主に呼び止められた。
「なんだ?」
「最後に一つだけ問うてもいいか?」
オレは何も言わず店主の顔を見ていた。決して老人でもなく、ましてや中年でもないまだ青年と言ってもいい老人口調の店主は一言こう言った。
「名は?」
その開いた瞼の奥の瞳は盲たような淡い灰色だった。
オレは外へと通じる扉を開け、足を進める。
「紅蓉。」
その言葉が店主に聞こえたか聞こえなかったのかは定かではないが、きっと聞こえたのだろう。
街は夕暮れ。部屋の窓から見える公園では子供が手を振り、また明日ねー。とありきたりで適当な軽い約束を交わしている。
もし、昼と夜の間に名前を付けるとしたら殷譎としたい。夕焼けのような美しい時間は夕闇に押されて地球の反対側に消えてしまう。妙な気分だ。太陽はその日その日で姿を変える。時には優しく茜色で包み込んでくれるのに、時には烈火のように激しく拒絶する。しかし、どんな名前を付けたとしても、その存在が揺らぐことは決してない。その紅は空で煌々と、全てを平等に照らそうと輝いている。