夜・月・銃声
少々刺激がある部分があります。ご了承の上でお読みください。
人は生きる為に誰かに依存するのだろうか。それとも、愛されたいが為に依存するのだろうか。しかし、その答えがどちらにしても、相手がいなければ意味がない。誰も知らない。この気持ちの名前も知らない。分からない。
「どうしますか?こいつ。」
夜。満月。月明かりに銃口が鋭く光る。その先で一人の男が命乞いをしている。腰を抜かし地べたに座りこみ、目にはうっすらと涙を浮かべている。
「た・・・助けてくれ!悪気は無かったんだ!」
今はもう使われていないコンビナートに、その声は清清しいほどに響き渡った。
「なら。なんで俺の財布掏ろうとしたんや。あ?悪気が無い奴はこんなことしないよなぁ・・・」
マスターはにっこりと笑っていた。男の前にしゃがみこみ同じ目線で話している。まるで。子供に話しかけるように・・・。
「あんたの財布が落ちそうになってたから入れようとしたんだよ!」
男は必死に弁解をしていた。多分、オレの向けている銃口が怖いんだろう。
「嘘を吐くとためにならへんで?まだ兄ちゃんだって死にたないやろ?」
男は大きく首を縦に振った。
「しゃぁないなぁ・・・、ほんまのこと言わんと、兄ちゃんの頭ン中に弾ぁぶち込む事になるんやけど・・・。どないしようかなぁ・・・?」
マスターは足が疲れたのか屈伸をするように立ち上がった。
「・・・・・・わ、悪かったよ。本当はあんたの財布掏ろうと思ったんだ。そしたらいきなり振り返ったもんだから怖くなって・・・あんな嘘吐いたんだ。本当に悪かったよ!だから、この通り許してくれ!!」
男はそう言い、両手を生ぬるいコンクリートの地面について土下座をした。
「さよか。よー本当のことゆーてくれたなぁ・・・」
マスターはもう一度座り、地面に着けられている男の頭を撫でた。子供相手だ。
そしてマスターは立ちあがり男の横を通り過ぎて行く。
「え?・・・・・・じゃ、じゃあ俺はこれで・・・・・・」
そういうと男はそそくさと立ちあがり、その場を後にしようとした。
「マスター。」
「え?」
男の足が五歩進んだ所でぴたりと止まった。
オレは再度マスターの指示を仰ぐ。そう。オレはマスターの指示を聞き、その指示を忠実にこなす。それだけ。例えそれがどんな事でも。
「う〜ん・・・」
マスターは悩んだように頭を掻いたが、実際答えは決まっている。すぐにひとつの言葉が導き出される。
「・・・・・・殺せ。」
「イエス、マスター。」
すでに日常茶飯事になってしまったこの会話。
オレはゆっくりと引き金を引く。男の叫び声と銃声がコンビナートに響き渡る。
しかし、オレの耳にその声は響いてこなかった。男の体に空いた穴から止めど無く流れ出す、鮮やかな血の紅とオートマチックの硝煙と火薬の匂い、薬莢が地面に落ちる時の金属音はうまくオレに届いた。きっと、それらはオレと同じ成分で出来ているんだろう。陽の光より月明かりをよく知っていて、暗い所から来たモノたち。
夜。満月。蒼い海と紅い海には月が綺麗に光っていた。
生きる為、人は誰かに依存するのだろうか。それとも、愛されたいが為に依存するのだろうか・・・。しかし、その答えがどちらにしても、相手がいないんじゃ意味さえない。人がどんなにいても、皆見てみぬ振りをしている。誰も知らなかった。前の気持ちも今のこの気持ちの名前も知らない。分からない。