第6話 黒島香芽乃
会議後、山本は黒島の自室を訪ねた。
ノックをすると中から怒鳴り声が聞こえてくる。
「誰が呼びに来たって出やしないぞ! あたいは作戦を練るので忙しいんだ!
アメリカが無くなった今こそ絶好の機会!
勝利の為には、きちんとした作戦を立てる必要がある! それを今から用意せねばならん!」
怒鳴る声は低めであるが、やはり女性の声だ。
鍵は掛かっている訳ではないので、そっとドアを開けて中の様子を伺うと、
シーツを羽織って、一心不乱に机に向うこの部屋の主の後姿が見える。
「黒島、私だ。山本だ」
その声に、主はピクリと動きを止める。
「これはこれは山本長官。直々に来られるとは、失礼致しました」
さすがに目を掛けてもらっている山本に対しては、彼女も従柔な様だ。
振向いて立ち上がると、その拍子にシーツが肩から外れて脚元に落ちた。
その彼女の姿を見て、山本は息を呑んだ。彼女は一糸纏わぬ全裸であったのだ。
もっとも全裸であろう事は、山本も想定していたし、それに期待もしていたのだが。
これは、史実の黒島亀人も、作戦を練る際は裸になって行うという悪癖があったからだ。
男だったらムサいだけの裸姿も、女だったらいくら変人でもかなりマシだろうと考えていた。
では、何故息を呑んだかといえば、それが想像を越えるものだったからだ。
山本より長身の彼女は色黒で、露わにしている胸は極めて大きい。今風に言えばGカップ級だ。
スタイルも抜群で、部屋に一つだけ点いている裸電球が、それらを妖艶に際立たせている。
日本人離れをした美女が、そこには居た。
「長官、あたいの身体に、どこかおかしいところでもありますか?」
黒島は、その全てを露わにしたまま訊く。
「い、いや、別に何でもない・・・ 会議は一旦閉会したが、状況がはっきりし次第、再開する。
君もその時はちゃんと出席するのだぞ!」
山本はそれだけ言い終ると部屋を出た。
胸がドキドキする。妖しい雰囲気にどうかなってしまいそうだ。
10時頃、会議は再開された。
今回は柱島泊地に停泊する他の艦船からの将士官も多い。やはり女性ばかりだ。
黒島もしぶしぶ出席していた。但し、その格好は「だらしない」の一語に尽きる。
軍装のボタンはロクに掛けてもおらず、たわわな胸がはみ出しそうな勢いである。
比較的長い髪もボサボサで、ライオンの鬣の様であり、色黒の事もあって、まるで野生児だ。
さて状況だが、やはりアメリカ本土を含む北米大陸全域に、ソ連も消滅したと報告された。
(実際は神である大和との打合せ通り、ソ連全部ではないのだが、この時点では判らなかった)
「満州はどうなったのか?」
-「消失して所在不明」
「我が海軍では遺支艦隊が居たはずだが、それはどうか?」
-「同じく不明」
「捜索や救出作業は行われているのか?」
-「見えない壁に阻まれて、現在のところ不可能」
「アメリカ本土が消失したとの事だが、ハワイはどうなのか?」
-「これは、偵察機や潜水艦からの連絡で存在が判明。それから樺太も存在」
質疑応答が続くが、消失事件の当事者である山本にしてみれば、単に確認しているに過ぎない。
やがて、それらが一通り済むと、いきなり声が上がった。
「攻めるべきだ!」
声の主は、あの黒島だった。
「アメリカ本土が無くなった今、ハワイは単なる張り子に過ぎない。
昨年12月8日における我が軍の攻撃からも癒えてないだろう。
この機会を生かし、再び真珠湾攻撃を実施し、完全に占領すべきだ!
そうすれば、アメリカは太平洋から居なくなる。いや、アメリカという国そのものの消滅すらある」
「それは早急過ぎる。我々は真珠湾攻撃を実施するに当たって、どれだけ準備を重ねてきたか」
「準備なんか必要無い! 真珠湾攻撃参加艦艇の全てが無傷で此処には有る! 直ぐにでも出航出来る!」
黒島は柱島泊地の艦船全てを、自分が包み込むかの様に、大きく腕を拡げ熱弁する。
その拍子に、とうとう胸が露出してしまったのは御愛嬌だが。
そして、彼女の言い分に頷く小柄な将官が一人。第一航空艦隊司令長官・南雲智由中将だ。
もちろん女性化した史実の南雲忠一である。
史実通り彼女は、真珠湾攻撃において反復攻撃を行わず、すごすごと帰還した事に対し、
「臆病者」のレッテルが貼られていた。
艦隊保全を考えてだったが、それが今この時に役立ったとばかりに満足気である。
「しかし、前回は奇襲攻撃だからこそ成功した様なもの。
同じ手が通用する程、連中もバカではあるまい。何らかの被害が出れば今後の作戦に支障が出る」
「その通り。仮に占領出来たとしても、戦域が拡がり過ぎる。
まずは南方資源地帯の確保が先決。ハワイ防衛の為に戦力を割く訳にはいかない」
「そんなのは後回しで良い! 奴らとて動揺している今こそ叩き潰し、
アメリカという国の拠所を無くしてしまえば、自ずと降伏するしかない!
そうすれば、残るはイギリスだけだ。ドイツと組んでこちらも降伏に導けばよかろうっ!」
黒島はたわわな胸を振り乱して熱弁を奮う。それをひややかに反対する他の参謀たち。
山本はその様子をしばらく楽しげに眺めていたが、やがて一喝する。
「黒島も他の者もそれくらいにしておきたまえ。
中国大陸はともかく、アメリカ、ソ連の消失は、神が我々日本に与えてくれた天佑と見なすべきだろう。
(実際そうなんだけどね)
この機会を最大限生かすのはもちろんであるが、アメリカも故国が無くなったとなれば、
それこそ死に物狂いで反撃してくる事も充分考えられる。さすれば我々の被害も甚大だ。
ここはまず、攻撃準備を整えつつ、敵の出方を探る。それからで良いと私は思う。
東太平洋で活動中の潜水艦部隊をハワイ近海に移動させ、連中を四六時中見張らせる。
これでどうかね?」
山本の提案に黒島はまだ言い足りない様子だったが、黙っていた。
大方、「そんな悠長な構えをすべきではない」と言いたかったのだろう。
他の参謀から反対意見は出ず、当座は山本の方針で行く事となった。
久々の投稿となります。
御意見・御感想を募集致しましたが、得られませんでしたので、今まで通りの方向で突っ走ります。