第5話 山本維夢
将緋斗は目を醒ました。
今度は白一色の世界ではない。ごつごつと鉄骨造りの天井が見える。どうやら船の中らしい。
自分が連合艦隊司令長官・山本五十六になったのなら、此処はその旗艦、戦艦『長門』内のはず。
おもむろに自分の手を見てみる。史実通りなら、左手の人差指と中指が無いはずだ。
これは、日露戦争における日本海海戦にて、少尉候補生として乗込んだ装甲巡洋艦『日進』の
主砲暴発事故に巻込まれた際に失ったものだ。
ところが、その二本の指はちゃんとあった。左右十本の指は全て揃っている。
それに奇妙なのは、指も含めて手全体がほっそりと小ぶりである事だ。
もちろん本来の将緋斗自身の手とも、似ても似つかない。
(山本五十六って、こんなに華奢な手をしてたのかな? まるで女性の手みたいだ・・・)
彼はそんな思いを巡らすが、唐突に中断する羽目となった。
それは、いきなりドアを激しくノックする音が聞こえたからだ。
ノックと共に部屋に入ってきたのは、一人の海軍士官だった。
肩先からボタンのある軍装中央へ飾緒を垂らしているところをみれば、どうやら参謀なのだろう。
そして、驚くべきは、その士官が女性だった事だ。
「お休みのところを申訳ありません。大変な事態が起こったので報告に上がりました。
実は、突然にして中国と朝鮮が消えてしまったのです。
詳しい情報はまだですが、アメリカ本土やソビエトも消失した模様です。
皆も会議室に集まっておりますので、山本長官も至急おいでいただく様にお願いします」
重大事だというのに、その女性士官は表情をほとんど変えず、淡々とした口調で言う。
どこか気高い感じもする。
知らせを受けて、将緋斗、もとい、山本も応える。
「うむ、分かった。直ぐに行く」
彼の返事に、女性士官は怪訝そうな顔をしたが、そのまま、自分の役目は済んだとばかりに出て行く。
大方、自分が驚かなかった事が変だと思ったのだろう。少しは驚くべきだったと後悔する。
それと共に、あの大和と名乗る神様がちゃんと相手国を消してくれた事に満足する。
ともかく会議室に向わないといけない。山本はベットから立ち上がる。
その時、ふと鏡に自分の姿が映る。それを見た山本は、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 大きな叫び声を上げた。
驚くのも無理はない。転生して山本五十六だと思っていた自分が、長い黒髪も麗しい女性だったのだ。
叫びを途中で聞いた先の女性士官は、
「今頃になって驚くとは、私から何を聞いたつもりだったのだ?・・・
それにあの叫び声。山本長官も随分と下品になったものだ・・・」 呟く様に言った。
自分の姿にドキドキしながら、どうにか軍装に着替え終わると、山本は長官個室を出る。
そして、会議室へ向う・・・はずだったが、はて、どこをどう行っていいのか解らない。
戦艦『長門』のプラモデルは何度か作った事がある。けれども、内部構造まで再現した物はない。
幸い部屋の外には従兵が控えていたので、その者の案内で無事行き着く事が出来た。
ちなみにその従兵は、かっての自分と同じくらいの男性だ。
さすがに下位の一般水兵まで女性という訳ではないらしい。
「山本維夢司令長官、到着!」
その声に士官全員が起立し、彼、いや、彼女を迎える。
(ふ~ん、維夢って名前なんだ。ま、五十六じゃ女性名にならないもんな)
そう思いながら、将士官たちを眺める。見たところ全員が自分と同じ女性である。
「山本長官も来られたので、早速会議を開催する」
皆が着席する中、そう言って一人立つのは、先程、山本を呼びに来た士官だ。
(こういった会議って、普通は参謀長が司会を務めるものだが・・・そうなると彼女が宇垣纏なのか?)
そう思って見ると、思い当たる節がある。
無愛想なところから『黄金仮面』と揶揄された史実の本人と、気高そうな彼女は面影が似ている。
「皆もある程度知っているかもしれないが、本日午前零時頃、つまり1942年の年明けと共に、
突然、支那大陸および朝鮮半島が消失した。
それどころか、消失範囲は更に拡がって、ソビエトおよびアメリカ本土を含む北米大陸全体にまで
及ぶという情報も入ってきている。
なお、消失部分との境界には何やら目に見えない壁が立ちはだかっている模様」
宇垣らしき彼女からの報告に、場内は騒然とする。
そんな中、事の成りを知っている山本だけは悠然と構える事が出来た。
時計を見ると丁度午前2時だ。
消失から2時間でこれだけの情報が得られれば、なかなかと言って良いだろう。
ふと、士官たちの席を見れば、一つだけぽつんと空席がある。
「あれは誰の席だっけ?」
山本は参謀の一人に訊いてみる。
「黒島香芽乃主席参謀の席ですよ」
訊かれた参謀は「今この大事な時に長官は何を言うんだ」とばかり、面倒くさそうに答える。
名前からして、どうやら史実の黒島亀人も女性になっているらしい。
「それで彼女はどうした?」
「例によって自室に籠もってますよ。今回の事を知らせたら、『新しい作戦を練らねばならん!』と」
女性黒島もやっぱり変人らしい。
史実において、山本から贔屓にされたのを良い事に、傍若無人な振舞いで、
連合艦隊を散々引っ掻き回した変人参謀-黒島亀人大佐。
将緋斗は、自分が山本五十六になる事があったら、真っ先に解任してやろうと思っていたが、
女性となれば、ちょいと事情は違ってくる。
山本が興味を持ったのは、史実の彼が作戦を練る時の悪癖を思い出したからだ。
会議が終わったら、彼女の自室に行って確かめる事にしよう。
結局会議は、夜が明けて、はっきりした状況が判ってから再開する事となり、一旦お開きになった。
日本、ドイツに敵なす国の領土は軒並み消してしまうという、トンデモ設定で1942年元日の世界に
来たわけですが、ここでもう一つ、私は新しい試みをしてみました。
読んでいただいた方は解る通り、提督の女性化です。
「恋姫†無双」というゲーム(私はやった事ありません。概略を知るだけです)がヒットしたからか、
武将の女性化が流行りみたいですね。
私自身、『織田信奈の野望』(GA文庫)というラノベは、新刊が発売になる度、
結構楽しみに読んでたりしますw
ただ、これで気になるのは、元となった武将(当然ながら男)の名前のまんまという事です。
関羽や曹操、柴田勝家に武田信玄にしても、女性化したところでそのまんま。
ま、これには、名前を変えたら元となった武将が誰だか解らなくなる、イメージが湧かなくなる
といった問題が出るからなんでしょうけど、それでも私は「何だかね・・・」と思ってしまいます。
(恋姫には一応、真名なるものがあるみたいで、これを応用して艦魂名にされる方もいますが)
それで私は、元になった提督名を捩りながらも、ちゃんと女性名にしてみました。
やってみると、この作業が案外楽しく、どういう風に捩ろうか? 一人でニヤけてたりします。
今までに考えたのはこんなところです。元が誰だか考えてみて下さいw
山本維夢/宇垣円/山口多恵/大西龍華/黒島香芽乃/小沢治美/南雲智由
アドルフィーネ・ヒトラー/エルメントラウト・ロンメル/エリノア・レーダー
チェルシー・ニミッツ/ウェンディー・ハルゼー/レイチェル・スプールアンス
ウェルマ・チャーチル
ちなみに山本五十六の場合、五十六→五六→維夢という具合。
五六から音をそのままに逸夢も考えましたが、夢を失うみたいなので没にしました。
年齢は元のままシフトすると、婆さんやオバサンばかりになるので若返らせています。
といって、十代では他とのバランスも悪くなりそうなので、山本で三十路に入ったくらい、
部下の将官は二十代という事にしています。
これでも史実との弊害が発生しそうですが、太平洋戦争中のせいぜい5年間程度の記述に
限らせていただきますので、このあたりスルーの方向でお願いします。
ストーリーの流れは史実通りとします。
つまり、物語は1942年元日からのスタートですが、約一ヶ月前の1941年12月8日から
太平洋戦争は始まっています。
兵器の性能や状態・配置は、既に日独が無双状態であるので補正無しとし、史実通りです。
ただ、史実を知る二人の転生により、日独に関しては兵器の開発が早まる場合もあるでしょう。
逆にアメリカに関しては、本土を失っているので兵器の生産・開発が行えません。
史実において、大量増備によって日本海軍の息の根を止める事となったエセックス級空母や
ガトー級潜水艦、戦艦はアイオワ級はおろかサウスダコタ級も出現しない事態となります。
(サウスダコタ級は1942年初頭の段階で就役直前でした。惜しかったですね)
という、書くにあたって自分ルールというか足枷を設定したので、当初は日独をチートにして
アメリカをフルボッコという安易が気持でスタートしたものの、いろいろと調べなくてはならず、
しばらく休載して構想を練ろうと思います。
又、女性化という面も、果たしてみなさんに受入れてもらえるのか懸念する気持もあったりします。
(転生した二人は性転換する訳で、TSものになってしまうのもちょっと・・・)
ですから是非とも、感想・意見を聞かせていただければと思っております。
よろしくお願い致します。