宝石少女は電気猫の夢を見るか?
冷えていないウォーターは、私のウォーターではない。
体の中心をスーッと降りていく清涼感。
鼻から抜けるフレーバー。
手に持つボトルのほのかな結露。
暑い時はミント。
仕事前はコーヒー。
休日の朝はオレンジ。
頑張った日は、マスカット。
夜更かしの読書はラ・フランス。
1番のとっておきは、無味無臭のスパークリング。
BLTクラッカーが最高に合う。
仕事終わりがいい。
特に、ほのぼのとした探し物の依頼とか。
1つだけあるアクリル製のグラスに注ぎ、窓辺でのんびり傾ける。細かな泡がパチパチ弾け、クラッカーのトマトの酸味が爽やかに香る。
ライブラリで見た青いウミ。
チチュウカイの風を感じる心地だ。
ウォーターは冷えていなくてはいけない。
4から7℃。特にスパークリングは。
つまり、今のレニの状況は。
"The time has come."
冷蔵庫が故障した。
サマーウェザー。電気猫を探して帰った昼下がり。
Pipipipipipipipi…
Pipipipipipipipi..,
Pipipipi.
“Hello, Leni. What happened?”
“Sorry, Naoki. Can you do me a favor? My fridge broke down.”
“Okay, I’ll fix it. When…”
“Just now.”
“Just now!? well…10-4.”
“Thanks a million..”
“Instead, you act for me. It’s eighteen o’clock at Candy bar.”
“Sure.”
“I’ll go to your room.”
“Yes. You're a lifesaver. Naoki.”
Pi.
Pi,po,pa.pi.
Pipipipi.
“Hi, Leni. “Will you fill in for Naoki tonight?”
“Yes, Naomi. Can I borrow your dress?”
“Of course. However, I can’t lend shoes to you…”
“No problem. I bought pumps.”
“Oh, awesome! I’m waiting for you!”
Pi.
レニはベッドサイドのパンプスを手に取る。
6軒靴屋をハシゴして、予算オーバーの葛藤の末に購入した6200ルカの靴。
やっと履ける!
「モリー、どう?」
レニはパンプスに履き替え、くるりとターン。モリーのモリオン・アイはレニの動きを透明に映す。
「ほら、回れるようになった。これならいける」
時刻は16時。ナオキが来るのを待つ。
モリーのことを言いそびれた。びっくりするかもしれないが、彼はすぐに愛称で呼び、モリーに話しかけるだろう。
制作の執念を宿すobjects を愛する男なのだ。
Product Name: Lapis lazuli girl
Flavor: Elegance and cool
Polishing form: Delicate
Emotion Content: 40%
Raw Ingredients: Crystal and Lapis lazuli
Voice tone: Whisper
Category: Watery eyes
Serving Suggestion:Room Temperature in the lonesome night
Price: 250 Monica
時刻は18時15分。
レニはペールブルーのバルーンドレスで、"キャンディ・バー"のバーテンダーに従事していた。サイズはピッタリ。靴もマッチ。
静かな店内。
間隙のあるドリンク注文。
敬語で話す行儀のいい客。
非日常でラグジュアリーな夜である。
冷蔵庫が壊れて良かったかも?
いや、壊れっぱなしでは困る。冷えたウォーターが今日から明日の生命線なのだ。
「ハイ、レニ。ドレス似合ってる」
「ジェン。ありがと」
ジェニファーは、両手を顔の横でパッと開いた。白いロングドレスに小麦色の肌が眩しい。
彼女はカウンターの椅子に座り、髪を背に払う。
いつも編み込んでまとめているブルネットの髪を、珍しく下ろしていた。
「こっそり飲も?エラにお客取られちゃって、することないのよ」
仕事中では、とレニはさりげなく周囲を見回す。
お客は全員、宝石少女ジュエレッタに夢中。フロアスタッフはジェンとレニだけ。
「エラって?」
「あそこのエメラルド・ガール。名前長いから、みんな好きに呼んでるわ。エミーとかエルとか、ラダとかさ」
ヒールを履くと190cmを超える、アンドロモデル(Android・Model)並のボディと美貌のジェニファー。一見すると人外めいて近寄りがたいが、豊かな表情は天真爛漫な少女そのもの。
「かわい子ちゃんなのはわかるけど、瞬きするだけでお客がついてさ。少しずるいわ。ペチャパイだし」
「オブジェだよ」
「だとしてもよ。女には変わり無い」
ジェンが頬を膨らませる。一理ある、とレニは彼女にトマトウォーターをグラスで提供。あまり売れず在庫が多量。ジェンはこれが大好きなのだ。
彼女はこれを一息に飲み干した。いつ見ても、いい飲みっぷり。
「私、この店辞めるの」
「え?いつ?」
「今日」
「今日!?」
「だから、レニに会えて良かった」
ジェンははにかむように笑った。
「ナオキは?」
「喧嘩別れよ。今日の昼、荷物まとめて出てったわ」
「何年だっけ」
「3年」
「結婚すると思ってた」
「私もそう」
レニは、ボトルのままのトマトウォーターを飲む。勤務中だが、どうせ誰も見ていない。
「なんで辞めるの?」
「2層の仕事に受かったの」
「おめでとう」
ジェンは頬を綻ばせる。ピンクネオンの唇が、キャンディみたいに甘く笑う。
「ありがとう。ハウスキーパー。住み込み。
月収は70モニカ」
「すごい」
「でしょ?雇い主は老婦人と一人息子。電気猫も3コいたっけ。息子は独身で38歳」
「へえ」
ジェニファーは18歳。下世話な事情は一旦置いといて、レニは聞く。
「なんで喧嘩したの?」
「ナオキと?……危ないからやめた方がいいって」
「私も同じ意見」
「そうよね」
ジェンは、わかってるよ、と呟いた。ブルーの瞳が揺れている。
「お屋敷にジュエレッタがあった」
レニはバーの中心に視線を向けた。姿勢良く座る、プラチナとエメラルドで形づくられた、美しいオブジェ。
誰かが"Refill.”と呟いた。音が消え、磁場が変わる。
ふう、とジェンが息を吐く。彼女はエラを見つめている。
「ラピスラズリ・ガール。すらっとしてて、青い髪がさらさら長くて、肌は真っ白。精霊みたいに綺麗なの」
レニはウォッチで検索する。すぐに画像が現れた。大きな瞳が印象的。価格は250モニカ。
「あたしとは対照的」
ジェンが髪を掻き上げた。ピンクの爪がランプライトの光にきらめく。
「私は、それのお世話をするの。
……違うな。それのオプションになるの」
氷の破片が背中を滑り落ちるような感覚。
「オプションってどういうこと?」
「ラピちゃんは泣くのよ」
Category: Watery eyes
「で、ゴシュジンサマ方は、ラピちゃんと一緒に泣ける話が聞きたいの。天涯孤独の女の身の上話や、6区の不幸話とかを」
ジェンは痛々しく笑った。彼女が売るのは時間や能力じゃない。誇りなのだ。
レニはトマトウォーターを冷蔵庫からもう一本出した。氷を入れたグラスに注ぐ。
「ジェン。もう決めたことなの?」
ジェンは透明な水面を見つめ、やがて一口飲み込んだ。
「そう」
「なら、仕方がない」
「レニは優しい」
「ナオキの方が優しいと思う」
「……そうね」
ジェンは自身の左手をカウンターに乗せじっと見た。
彼女の手のひらや指には、古傷や火傷の痕がいくつもある。
「不幸になるのを見ていられない、って言われたわ」
ナオキがそこまで言ったのだ。
「でもあたし、別に幸せになりたくて生きてるわけじゃないの」
今のジェンの表情は、ロボットみたいにフラットだ。
「明日が来ればそれでいい。できるだけ長く」
そして笑った。
「腹ペコはごめんよ。喉が渇いて干からびるのも」
ぎこちない笑顔で、彼女はグラスを急角度に傾ける。喉が上下し、鎖骨の窪みに溢れたウォーターが光った。
「モリー、ただいま」
23:00の帰宅。レニは照明もつけず自分の椅子に直行して靴を脱いだ。
踵の上と親指、小指に靴擦れができている。
「使う筋肉が違うのかな。家の中で随分履いたんだけど」
足の指を曲げ伸ばし。パンプスは疲れる。次の出番が来るまでは、ベッドサイドに置いて眺めることにしよう。
レニは立ち上がり、裸足で冷蔵庫へ向かう。冷たい床がぴちぴちと音を立てる。
暗闇に、庫内の青白い光が溢れ出す。心地よい冷気。
ナオキの仕事はパーフェクト。汚れも消えて、なんか綺麗になってるし。
レニはウォーターを取り出す。4℃の設定に間違いない感触。これよこれ、とその場でキャップの蓋を開け一口。バニラ・フレーバーが疲労感を和らげる。
レニは椅子を窓際に置き、夜時間の第3層を見下ろした。無数のネオンライトが、セントラルタワーに続いている。飴玉をぶちまけてしまったように。
『顔次第よねー。年相応でも、シュッとしてたら許容範囲』
ドレスを返しに行った時のナオミのコメント。リアリストのナオミらしい。
『雇い主は老婦人と一人息子。電気猫も3コいたっけ』
ジェンの言葉を心の中で反芻する。
「今日、私が探した電気猫も3匹だった」
第2層での電気猫探しはちょくちょくある。
電気猫のリアル指数を高めに設定すると、所有者の設定した行動範囲エリアを誤認し抜け出す事があるのだ。それは計算されたマーケティングであり、改善される予定は特にないらしい。
予定調和に飽きた人々の、娯楽の一つなのだ。
第2層の居住者は、単調な日々を送ることに飽きている。
シーゾナル・ウェザーシステム。
迷い猫。
高級オブジェ。
第3層への求人。
そういうもので、空虚な時間を埋めようとしている人たち。レニが依頼で行って手続きする際、速度が全く噛み合わない。自分たちには無限に時間があるから、こちらの時間を奪うことへの認識がまるでないのだ。超過分の時給が出るから我慢できるが、どっと疲れる。無駄な時間は耐えがたい。
「……ジェンは、あの家に飼われるのかな」
老婦人と一人息子。電気猫が3匹。ジュエレッタを所有。
ジェンに思い留まってほしい、というナオキの気持ちはよくわかる。以前、フローライト・ガールの中古買取りをナオキに依頼したのはあの家なのだ。買い替えたジュエレッタのオプション感覚で、第3層の不幸で綺麗な女を雇った。
『酷いことだ。直したい』
倉庫の中を見つめた月の石店主は、絞り出すような声だった。
店に戻され、修理もされず、倉庫で静かに保管されたジュエレッタ。
ジェンも、近い未来にそうなる。
彼女はそれを寸分違わず理解してなお、ナオキと別れてそこに行くのだ。
『でもあたし、別に幸せになりたくて生きてるわけじゃないの』
それがジェンの生き方なのだ。
「寂しくなる。もう会えないかも」
レニは呟く。モリーが静かに瞬きをする。
顔が割れて、目を見開いたまま手放されたジュエレッタに、ジェンの顔が重なる。
ジュエレッタが、夢を見られたらいいのに。
“Mory, refill. Gentle song.”
“10-4, Leni.”
Morion eyes twinkle like the stars.
Copper arms reach for the unseen light.
Country and Western.
ジェン(ジェニファー)
登場回
08_宝石少女は電気猫の夢を見るか?
年齢 18歳
誕生日 8月17日
身長 184cm
体重 58kg
足のサイズ 25.5cm
髪色 ブルネット
瞳 ブルー
好物 トマトウォーター
ハンバーガー
苦手 ない




