こちら内閣府裏デジタル庁異世界転生救済課【2044.6.3活動記録】紫雲英班
僕は勇者だ! 魔王を討ち滅ぼし、世界を救った勇者なんだ!
なのに……何故追われなければならないんだ!?
何者なんだ!? アイツらは!
夜空に浮かんでいる白くて細い二日月は、闇夜に包まれた城下町を照らさない。僕は今、裸足で駆けている。冷たい石畳みの上をペタペタと音をたてながら。
夜目が利くわけじゃないが、僕はこの町の構造を知り尽くしている。何度も通った酒場、モンスター討伐依頼を受けたギルド、おいしいレストラン、仲間と枕を並べた宿屋。暗闇の中でそれらの建物をすり抜けてヤツらから逃げている……
━━僕は有村ヒロト。三十六歳の男。交友関係無し、彼女無し、職歴無し、おまけにチビハゲデブの三重苦に悩まされた引き篭もりだったが、あるアプリを使ってこの異世界に転生したのだ。
ここでの僕は、十八歳、高身長イケメン、長い金髪がトレードマークの勇者……通り名は“閃光のヒロト”だ。
仲間の魔法使い、戦士、賢者と共に、一年かけてこの世界の魔王と魔族を滅ぼした英雄だ。この世界での僕はなんでも出来る天才、そして最強。人望もあり、出会う人には必ず慕われる聖人。
そんな僕は今日、国王様の美しき御息女、マリアと城で結婚式を挙げたばかりだった。朝から始まった式と披露宴はおおいに盛り上がり、仲間たちと全ての国民が僕たちを祝福し、僕は幸せの絶頂にいたんだ。
夜になり、披露宴を終えると、ついに人生初となる性交をマリアと行おうとした。
寝室の燭台の灯りを消し、妻となったばかりのマリアと唇を重ねて、青白い柔肌に触れた瞬間……
キン! と金属音が鳴り、部屋の隅で火花が散ったんだ。
小さな炎が部屋全体をぼんやりと照らすと、僕は動きを止めて現実世界での体験を追憶した。
オイルライターを使ってタバコに火をつけた?
思考がその理解に達すると、灯りはすぐに消え、僕の顔にビシャッと温かい液体がかけられた。慌ててソレを拭うと、さっきまで目の前に居たはずのマリアが消えた。いや、いるはずなのに居なくなっている……僕の右手は彼女の肩を掴んでいるのだから。
血の匂いが鼻腔を突く。マリアの顔があった場所からは、ゴボゴボと音を立てながらドス黒い液体が流れ出ていた。
マリアの頭が消えた。僕はうわぁぁと叫んでマリアだった物を突き飛ばすとベッドから転げ落ちた。顔を上げると目の前には煙草を咥えたサングラスの男が立っていた。黒いスーツを着た男の手には、髪を乱暴に掴まれたマリアの頭があった。白目を剥き、半分ほど開かれた口からは血を吐き出している。
激しく脈を打ち始めた心臓に同調して呼吸が荒くなり、僕は恐怖でその場から逃げ出した。
剣を持たずに寝室を飛び出し、薄暗い廊下を走るとその先には見知らぬ女が立っていた。
丈の短い黒いジャケットを着て、長いプリーツスカートを履いた女。あの男の仲間なのだろうか、服装を見る限りこの世界の住人ではないことは明白だった。
僕と目を合わせた女がニヤリと口角を上げた時、先ほどの僕の悲鳴を聞いた兵士が集まってきた。
兵士達は女を侵入者と判断した。一斉に掴みかかるが、女が鞭ような物をビュンビュンと振り回すと彼らは次々と体を細切れにされていった。
飛び散る手や足や血や頭が、石で作られた城の廊下にぶつかり、べちゃりと嫌な音を立てた。僕は震える足を叩き、城から出たのだった。
━━はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……
がむしゃらに街を走り抜け、城門まで辿り着く。
大きな門扉を目の前に立ち尽くしていると、僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おぉーい、ヒロトぉーー! どうしたんだ!?」
甲冑を装備した屈強な戦士のマックスと、とんがり帽子とローブ纏った魔法使いの少女ミリアだ。二人は僕に駆け寄り、マリアの血で赤く染まった僕を心配してくれた。
「大丈夫なのヒロト!? その血は一体……何があったのよ?!」
「わからない! 知らない奴が僕の部屋に入ってきてマリアを殺したんだ!」
「な、なんだと!? 姫様が殺されたのかよ!?」
戦士マックスは目を見開いて驚き、魔法使いミリアは口を押さえて絶句した。
「武器を持ってないから逃げて来てしまったが、おまえたちがいるなら戦える! 力を貸してくれ!」
二人は顔を見合わせると、覚悟したようにこくんと頷いた。
「ギャッハッハッハッハーー!」
甲高い女の笑い声が夜の街に響いた。物陰から現れた人影は、仄かな月明かりを浴びてその正体を明らかにした。さっき城の廊下で会った女だ。兵士を倒して、もう追いついてきたのだ。
「やっとみつけたよ、勇者様。さぁ、アタイ様と一緒にかえろうぜぇ」
女はギザギザの歯を見せてそう言うと、手に持っているチェーンをズリズリと引き摺りながら僕に近づいてきた。
「止まれ! 貴様は何者だ!」
戦士マックスが大剣を待ち構え、僕に背を向ける形で女の進路を塞ぐ。炎の神の加護を受けた真っ赤な甲冑は、赤く光ってマックスの体を強化した。
「アンタ! ヒロトをどうするつもりよ!?」
魔法使いミリアは詠唱を省き、魔導士の杖の先端に魔力を集める。
「あぁ? なんだよお前ら様は? このクソ勇者様のパーティメンバー様か?」
女は自分の耳の穴に小指を入れ、興味なさそうなそぶりを見せた。
「そうよ! 私達はヒロトの仲間! 仲間を傷つける奴は許さないんだからッ!」
シュバッ!
女がチェーンを振った瞬間、ミリアの右足が千切れて宙を舞った。
「ああっ!」
突然の事態にバランスを崩してミリアは石畳の上に倒れ込み、絶叫した。
「い、いやぁぁぁぁ! 足が、私のあしがぁぁ!」
「ジャリ様のくせにアタイ様にタメ口きくんじゃねぇよボケ……」
「ミリアぁぁ!!」
僕はミリアに駆け寄った。足は膝から下が吹き飛ばされていて、出血が絶えない。回復魔法を使い、止血と回復を試みる。
「貴様ぁぁ!!」
マックスは怒りに身を震わせ大剣を上段に振りかぶると女に斬りかかった。マックスが待つ大剣は紅蓮の炎を纏い、揺らめく炎は周囲の闇を取り払い、街を明るく照らした。
「喰らえ! 獄炎落下斬!」
「はぁ? なんだそりゃ?」
女はどこからともなく薄っぺらい学生鞄のような物を出現させると、それでマックスの燃える大剣を片手で受け止めた。
「なんだとッ!? このぉぉぉ!!」
マックスは歯を食いしばり、止められた大剣を女に押し込もうとする。両腕の筋肉は隆起し、血管は太く膨張している。相当な力が込められているのがわかった。
「アホみたいに技の名前叫んでよぉ、明るくなったのはいいけど……お前様ぁ、暑苦しんだよ」
女は鞄で大剣を簡単に弾くと、ガラ空きとなったマックスの腹部に回し蹴りを叩きこんだ。
蹴り飛ばされたマックスは剣を手放し、壁に叩きつけられて、力無く顔から地面にどちゃりと落ちた。
石畳の上で、なおも燃え盛るマックスの大剣は、口角をあげて僕に不気味な視線を送る女の横顔を照らし出した。
魔王にも大ダメージを与えたマックスの必殺剣を軽く受け止め、どんな攻撃も通さない炎神の加護を受けた鎧の上から致死的なダメージを与えた。僕は、女の強さは魔王以上だと感じ取った。
それは隣で怯えるミリアもそうだったのだろう。彼女は泣き叫び、この場から這って逃げようとした。
「おい、麝香。お前まだ遊んでいたのか?」
男の声が聞こえた。振り向くと寝室で見たサングラスの男が立っていた。その手はまだマリアの頭を掴んでいる。そして、もう片方の手には、仲間の賢者アデルの頭もあった。
男は二つの首を僕の目の前に投げて転がした。転がる首からはまだ固まっていない血がごぽりと溢れ出た。
「い、いやぁぁぁぁーーーーっ!!」
その姿を見たミリアは、絶叫する。強烈な畏怖を植え付けられたその顔は、ひどく歪んでいた。
僕は何もできず、腰を抜かして座り込んでしまった。この世界で僕は最強。なんでもできる天才、そして勇者で聖人……のはずだが、この二人には絶対に勝てない。それを本能で感じ取ってしまっている。
「随分と見た目が美化されているが……お前は有村ヒロトで間違いないな? 」
サングラスの男はタバコを咥え、オイルライターの蓋をキンと指で弾くと火をつけた。
名前を聞かれ、僕はもうただ、首を縦に振ることしかできなかった。
「おい、馬酔木様よぉ、お前様こそどこで遊んでやがったんだよ?」
麝香と呼ばれた女が、怯えて泣き叫ぶミリアの頭をぐしゃりと容赦なく踏みつけると、割れたスイカのように肉片が散らばった。
「きゃーきゃーうるせぇ、死んどけ、じゃり様……」
ミリアの体は、ビクビクと数回痙攣すると、やがて完全に動きを止めた。
僕は恐怖で歯を鳴らして涙を流した。腹の底から熱いものが込み上げると、それをすべて吐き出してしまう。
「くっせぇなぁ、勇者様のくせにゲロってんじゃねぇよ」
麝香は眉根を寄せて鼻をつまんだ。
「な、な、なんでアンタらそんなに強いんだよ!? おかしいだろ! この世界で魔王や僕よりも強い奴が存在してはならないのに、なんでだよっ!」
馬酔木と呼ばれた男が、煙を吐いてこう言った。
「別段、俺たちが強いってわけじゃない。この世界はお前の弱さと未熟さが反映されているんだ」
「お前様のようになぁ、ガキの頃から努力も挫折もしてねぇカス野郎様が、異世界転生で理想の強い自分様になったところで、たかが知れてんだよ」
「有村……お前は何もかもが浅はかで弱い……社会を軽んじて逃げてばかりの人生を送っていたらしいな。出来ない理由ばかり探して、何かに全力で挑戦したことなんてなかったんだろ?」
「お前様が創造したこの世界はなぁ、ぬるいんだよ。自分様に甘い設定の世界は、必然的にそのレベルも下がる……この一年間、あまあまな世界はさぞ楽しかったろうね」
「さぁ、帰るぞ有村。お前が元いた、厳しい現実の世界へ……」
「現実の世界で、お前様の記憶をキレイさっぱり消して、社会の為に働く歯車にしてやるよ」
僕は二人に何も言い返せず、ただ絶望した。
ただ自分に優しい世界を望んだだけなのに……
甘えて何が悪いんだよ……逃げることのどこが駄目なんだよ……僕は生まれた時から負け組なんだ。少しくらいいい思いさせてくれよ……
「さて……有村ヒロト様よぉ」
「お前を、この異世界から排除する……」
おわり
もうひとつのサイドストーリー
↓
こちら内閣府裏デジタル庁異世界転生課【2041.9.22.活動記録】九鬼
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この物語の本編
↓
「お前を、この異世界から排除する……」 ー内閣府裏デジタル庁異世界転生救済課活動記録簿ー
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よろしければお付き合いください。




