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決戦1943 マリアナ沖海戦  作者: 仲村千夏


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2/7

第二

 昭和十七年十二月七日。


 南シナ海の空は、まだ夜明け前の暗さに包まれていた。


 雲は低く垂れこめ、海面は黒い鏡のように静まり返っている。その暗い海を、無数の艦影がゆっくりと進んでいた。


 日本海軍南方侵攻艦隊である。


 戦艦、巡洋艦、駆逐艦、輸送船。


 数十隻の船団が整然と列を作り、フィリピンへ向かっていた。


 その中心に立つのは、重巡洋艦を旗艦とする護衛艦隊だった。甲板の上では水兵たちが配置につき、見張り員が双眼鏡で水平線を警戒している。


 海は静かだった。


 しかし、その静けさの下で、歴史が動こうとしていた。


 作戦名――フィリピン侵攻作戦。


 この日、日本軍はアメリカ合衆国が支配するフィリピンへ進攻する。


 太平洋戦争の開幕である。


 艦橋では作戦参謀たちが海図を囲み、静かに言葉を交わしていた。


「上陸は予定通り、夜明け後だ」


「敵の航空部隊はまだ動いていない」


「問題は米艦隊だな」


 その言葉に、別の参謀が小さくうなずいた。


「太平洋艦隊が出てくれば、話は変わる」


 アメリカ海軍。


 日本海軍が長年想定してきた最大の敵である。


 だがこの時点では、アメリカ主力艦隊はまだ遠く太平洋の彼方にあった。


 そして日本軍は、その隙を突いて南方作戦を開始したのである。


 やがて東の空がゆっくりと明るくなっていった。


 夜明けである。


 曇った空の下、フィリピン諸島の黒い影が水平線の向こうに浮かび上がってきた。


 見張り員が声を上げる。


「陸影!」


 艦橋に緊張が走った。


 輸送船団は速度を落とし、護衛艦隊が前方へ出る。


 上陸部隊を乗せた輸送船がゆっくりと隊形を変え、海岸へ向かって進んでいく。


 その瞬間だった。


 遠くの空に、エンジン音が響いた。


 敵機ではない。


 日本海軍の航空隊だった。


 艦上爆撃機と戦闘機が編隊を組み、フィリピン上空へ飛び去っていく。


 航空支援である。


 やがて海岸から砲声が響いた。


 上陸作戦が始まったのだ。


 海岸へ向かう上陸艇の列。


 その後方では巡洋艦が主砲を撃ち、敵陣地へ砲撃を加えている。


 砲煙が空へ上がり、海面に白い水柱が立った。


 こうして太平洋戦争の最初の戦いが始まった。


 フィリピン戦線は激しかった。


 アメリカ軍とフィリピン軍は各地で抵抗したが、日本軍は圧倒的な作戦速度で進撃していった。


 海軍は制海権を確保し、陸軍の進撃を支援する。


 輸送船団は次々と兵員と物資を送り込み、日本軍はフィリピン各地を制圧していった。


 そしてこの戦いは、日本の南方作戦の第一歩にすぎなかった。


 フィリピンの次には、さらに大きな作戦が予定されていた。


 マレー作戦。


 蘭印作戦。


 南方資源地帯の確保。


 石油、ゴム、ボーキサイト。


 それらの資源は、日本の戦争継続に不可欠だった。


 日本海軍は広大な海域に艦隊を展開し、輸送路を守りながら南方へ進出していく。


 巡洋艦隊が海上を哨戒し、駆逐艦が輸送船団を護衛する。


 潜水艦は遠方で敵艦隊を警戒し、航空隊は南洋の空を飛び回っていた。


 南方戦線は、驚くほどの速さで日本軍の手に落ちていった。


 マニラ湾。


 シンガポール。


 ジャワ海。


 各地で戦闘は起こったが、日本軍は作戦の主導権を握り続けた。


 そして昭和十八年の春。


 日本は南方資源地帯の大半を確保することに成功する。


 だが、それは戦争の終わりではなかった。


 むしろ――


 本当の戦いの準備段階に過ぎなかった。


 日本海軍の戦略は、最初から明確だった。


 アメリカとの最終決戦。


 迎撃漸減作戦。


 南方作戦の目的の一つは、防衛線の確保だった。


 マリアナ諸島。


 カロリン諸島。


 トラック島。


 これらの島々は、日本本土防衛の前線基地となる。


 もしアメリカ艦隊が西へ進出するならば、必ずこの海域を通ることになる。


 そしてその海域で、日本海軍は敵を迎え撃つ。


 そのための準備は、すでに進んでいた。


 本土では新型戦艦が次々と就役していた。


 巨大な主砲を備えた戦艦。


 厚い装甲。


 長大な航続距離。


 それらはすべて、艦隊決戦のために造られたものだった。


 南方戦線の成功により、日本海軍は次の段階へ進むことができる。


 主力艦隊の前進。


 マリアナ海域への展開。


 決戦準備。


 太平洋の海図の上で、ゆっくりと二つの矢印が近づきつつあった。


 一つは日本。


 もう一つはアメリカ。


 そしてその交差点こそが、マリアナ沖だった。


 まだこの時点では、誰もその戦いの規模を想像していない。


 しかし歴史は、確実にその瞬間へ向かって動いていた。


 巨大な戦艦艦隊が主砲を撃ち合う、史上最大の海戦へと。


 フィリピン侵攻から数週間。


 南方戦線は、想像を超える速さで広がっていった。


 日本軍の進撃は止まらなかった。


 ルソン島では激しい抵抗が続いていたが、制海権と制空権を握った日本軍の優位は揺るがなかった。


 海の上では、旧式戦艦を中心とした支援艦隊が各地を巡回していた。


 戦艦 扶桑 と 山城 はフィリピン南方海域で輸送船団の護衛を続け、

 伊勢 と 日向 はボルネオ方面の作戦支援へ回されていた。


 そして重巡洋艦隊――古鷹、加古、青葉、衣笠


 この四隻は南方戦線のあらゆる海域に姿を現した。


 マカッサル海峡。


 セレベス海。


 スールー海。


 彼らは輸送船団を護衛し、敵艦隊の出現を警戒し、時には沿岸砲撃を行った。


 南方の海では、こうした巡洋艦隊が日本軍の進撃を支えていたのである。


 ーー


 真珠湾。


 ハワイ諸島の中心に位置するこの巨大軍港は、太平洋の戦争の要となっていた。


 湾内には無数の艦艇が停泊している。


 戦艦。

 巡洋艦。

 駆逐艦。

 補給艦。


 巨大なドックでは、新しい戦艦が静かに整備を受けていた。


 その艦橋から湾内を見下ろしていた一人の男がいた。


 太平洋艦隊司令長官。


 チェスター・W・ニミッツ大将。


 彼は双眼鏡を下ろし、ゆっくりと海図へ視線を戻した。


 机の上には太平洋全域の海図が広げられている。


 フィリピン。


 マレー半島。


 蘭印。


 そこには赤い旗が並んでいた。


 日本軍の進撃地点である。


「ずいぶん早いな」


 ニミッツは静かに言った。


 参謀の一人が答える。


「日本軍は南方へ戦力を集中しています」


「フィリピン、マレー、蘭印……すでに資源地帯の大半が彼らの手に落ちました」


 その言葉に、部屋の空気が重くなる。


 アメリカ海軍はまだ大規模な反攻を行っていない。


 しかし、日本の戦略は明らかだった。


 南方資源地帯を確保し、防衛線を構築する。


 その後に来るのは――


 アメリカ艦隊との決戦である。


 ニミッツは海図の中央を指でなぞった。


 マリアナ諸島。


 サイパン。


 テニアン。


 グアム。


 太平洋の中央に浮かぶこの島々は、日本の防衛線の核心だった。


「彼らはここで戦うつもりだ」


 参謀が顔を上げた。


「マリアナですか?」


「そうだ」


 ニミッツはうなずいた。


「日本海軍は昔から艦隊決戦を信じている」


「そしてそのための戦艦を造り続けてきた」


 その時、別の参謀が資料を差し出した。


「情報部からの報告です」


 ニミッツはそれを受け取り、目を通す。


 そこには奇妙な報告が並んでいた。


 日本海軍の新型戦艦。


 巨大主砲。


 極厚装甲。


 通常の戦艦よりもはるかに巨大な艦影。


「四十三センチ砲……?」


 ニミッツは眉をひそめた。


「そんな砲を戦艦に載せたというのか?」


 参謀が答える。


「確認は取れていませんが、日本は超大型戦艦を複数建造している可能性があります」


 さらに報告は続く。


 新型戦艦


 四隻。


 それに加え、より巨大な戦艦の建造。


 もしそれが事実ならば、日本海軍は史上最大の戦艦艦隊を作ろうとしていることになる。


 部屋は静まり返った。


 ニミッツはしばらく資料を見つめていた。


 やがてゆっくりと口を開く。


「なるほど」


「つまり彼らは本当にやるつもりだ」


 参謀が聞き返す。


「何をです?」


 ニミッツは答えた。


「戦艦決戦だ」


 その言葉は、まるで遠い時代の海戦を思わせる響きを持っていた。


 だが日本海軍にとって、それは決して古い戦術ではなかった。


 巨大戦艦同士の砲撃戦。


 海軍の究極の戦い。


 もし日本がそれを本気で準備しているならば、アメリカも対抗しなければならない。


 ニミッツは別の書類を手に取った。


 そこにはアメリカ海軍の新型戦艦の建造状況が書かれていた。


 ノースカロライナ級戦艦


 二隻。


 高速で強力な四〇・六センチ砲を装備した新世代戦艦。


 続いて


 サウスダコタ級戦艦


 四隻。


 装甲と火力をさらに強化した戦艦である。


 そして――


 まだ就役したばかりの新鋭艦。


 アイオワ級戦艦


 アメリカ海軍史上最も高速で強力な戦艦。


 四〇・六センチ砲九門。


 三十三ノットの高速。


 これらの戦艦が揃えば、太平洋艦隊は史上最大級の戦艦戦力を持つことになる。


 ニミッツは静かに言った。


「準備を進めろ」


 参謀たちが顔を上げる。


「太平洋艦隊を再編する」


「新型戦艦を中心に戦艦部隊を編成するんだ」


「日本が戦艦決戦を望むなら――」


 彼は海図のマリアナ諸島を指差した。


「こちらもそれに応じる」


 その言葉には迷いがなかった。


 巨大戦艦艦隊。


 それは日本だけではない。


 アメリカもまた、史上最大の戦艦艦隊を作ろうとしていた。


 太平洋の両端で、二つの巨大艦隊がゆっくりと完成しつつある。


 日本海軍。


 アメリカ海軍。


 どちらもまだ動いていない。


 だがその距離は、確実に縮まっていた。


 そしてその交差点こそが――マリアナ沖。


 世界最大の戦艦決戦の舞台となる海だった。


 昭和十八年六月。


 西太平洋の海は、静かな青に包まれていた。


 トラック島。


 カロリン諸島に位置するこの巨大海軍基地には、日本海軍の主力艦隊が集結していた。


 湾内には無数の軍艦が並んでいる。


 巡洋艦。


 駆逐艦。


 補給艦。


 そして――戦艦。


 その数は、二十隻。


 日本海軍史上、かつてない巨大戦艦艦隊だった。


 湾の中央に停泊する一隻の巨艦が、静かに汽笛を鳴らした。


 その艦体はまるで海に浮かぶ要塞のようだった。


 三基の巨大主砲塔。


 厚い装甲。


 圧倒的な威容。


 四十六センチ砲戦艦 播磨。


 その後方には同型艦


 越後。


 日本海軍が極秘裏に建造した、世界最大級の戦艦である。


 主砲は四十六センチ砲。


 人類史上最大の戦艦砲。


 それを三連装砲塔で三基装備していた。


 さらにその後方には、巨大な戦艦群が並んでいた。


 四十三センチ砲戦艦大和、武蔵、信濃、紀伊。


 四隻の巨艦が整然と並んでいる。


 それらの砲塔もまた巨大だった。


 四十三センチ砲。


 世界最大級の戦艦砲である。


 さらに続くのは


 四十一センチ砲戦艦薩摩、大隈、尾張、三河。


 そして


 長門、陸奥。


 ここまでで十二隻。


 日本海軍の主力戦艦群である。


 しかし艦隊はまだ終わらない。


 湾の外側には高速戦艦部隊が並んでいた。


 三〇.五センチ砲高速戦艦


 出雲、摂津、石見、因幡。


 そして、金剛型高速戦艦。


 金剛、比叡、榛名、霧島。


 合計八隻。


 三十ノットを超える速度を誇る高速艦隊である。


 合計――戦艦二十隻。


 それは、世界史上でも例を見ない巨大戦艦戦力だった。


 艦隊司令部では作戦会議が終わり、出撃準備が進められていた。


 連合艦隊司令長官が海図を見つめている。


 その視線の先には、マリアナ諸島があった。


「敵は必ず来る」


 静かな声だった。


 参謀たちがうなずく。


 アメリカは必ず反攻してくる。


 そして西へ進めば、必ずこの海域に到達する。


 マリアナ沖。


 そこが決戦の場所になる。


 長年日本海軍が準備してきた


 迎撃漸減作戦。


 その最終段階だった。


 やがて命令が発せられる。


「連合艦隊、出撃」


 その言葉と同時に、トラック島の湾内が動き始めた。


 巨大戦艦がゆっくりと錨を上げる。


 煙突から黒煙が立ち上る。


 機関が回転を始め、巨体が海を押し分けて進み出す。


 先頭に立つのは――播磨。


 その後ろに


 越後。


 二隻の四十六センチ砲戦艦が、艦隊の先頭を進む。


 続いて


 大和、武蔵、信濃、紀伊。


 巨大な四隻の四十三センチ砲戦艦が続いた。


 さらに


 薩摩、大隈、尾張、三河。


 そして


 長門、陸奥。


 十二隻の主力戦艦が隊列を作る。


 その後方には高速戦艦部隊。


 出雲、摂津、石見、因幡。


 金剛、比叡、榛名、霧島。


 二十隻の戦艦が、ゆっくりと海へ出ていく。


 やがて艦隊は外洋へ出た。


 そこで隊形が整えられる。


 二列単縦陣。


 二つの戦艦列が並行して進む巨大な戦列だった。


 左列。


 播磨を先頭に主力戦艦隊。


 右列。


 高速戦艦部隊。


 二十隻の戦艦が並ぶ光景は、まさに鉄の艦隊だった。


 甲板では水兵たちが配置につき、見張り員が水平線を監視している。


 砲塔はゆっくりと旋回し、射撃準備が整えられていた。


 艦隊は北へ針路を取る。


 目標――マリアナ諸島。


 太平洋の決戦海域だった。


 その頃。


 太平洋の反対側でも動きがあった。


 真珠湾。


 太平洋艦隊司令部。


 ニミッツ大将は報告を受けていた。


「日本艦隊、トラックを出撃」


 参謀が続ける。


「戦艦多数」


「大規模艦隊です」


 部屋が静まり返る。


 ついに来た。


 ニミッツはゆっくりと海図を見た。


 日本艦隊の針路は明白だった。


 マリアナ。


 彼は静かに言った。


「太平洋艦隊に出撃命令」


 参謀が確認する。


「戦艦部隊もですか」


「もちろんだ」


 ニミッツはうなずいた。


「日本は戦艦決戦を望んでいる」


「ならば応じよう」


 その言葉は静かだった。


 だがその意味は重い。


 命令が発令される。


「太平洋艦隊出撃」


 真珠湾の港が動き出した。


 巨大戦艦がゆっくりと湾を出ていく。


 ノースカロライナ級。


 サウスダコタ級。


 そして――。


 アイオワ級戦艦。


 高速と火力を兼ね備えたアメリカ海軍最強の戦艦である。


 十七隻の戦艦が太平洋へ出撃する。


 日本の二十隻。


 アメリカの十七隻。


 史上最大の戦艦艦隊同士が、同じ海域へ向かっていた。


 太平洋の中央。


 マリアナ沖。


 静かな青い海の下で、歴史が動き始めていた。


 やがてその海は――巨大戦艦の主砲が撃ち交わされる戦場になる。


 世界最大の戦艦決戦。


 マリアナ沖海戦。


 その幕が、いま開こうとしていた。

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