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決戦1943 マリアナ沖海戦  作者: 仲村千夏


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1/7

第一

 昭和十一年。

 日本帝国海軍は一つの時代の終わりを迎えていた。


 長く海軍を縛ってきた国際条約――海軍軍縮条約体制が、ついにその効力を失ったのである。


 ワシントン海軍軍縮条約。

 ロンドン海軍軍縮条約。


 それらは第一次世界大戦後、列強の軍拡競争を抑えるために作られたものであった。しかし日本にとって、それは常に不満の残るものであった。主力艦の保有比率は米英の六割に制限され、日本海軍は常に数的劣勢を前提に戦略を組み立てることを強いられてきたのである。


 それでも日本海軍は、その制限の中で独自の戦略思想を築き上げてきた。


 それが――。


 迎撃漸減作戦。


 太平洋を横断してくるアメリカ艦隊を潜水艦、航空隊、水雷戦隊によって徐々に消耗させ、最後に日本近海で主力艦隊決戦を行う。


 艦隊決戦。

 それは日本海軍の信念であり、精神そのものであった。


 しかしその戦略には一つの前提があった。


 決戦の瞬間、主力艦隊は敵を圧倒しなければならない。


 数で劣るならば、質で勝つ。


 巨大な主砲。

 重装甲。

 高い命中精度。


 日本海軍はその理想を追求し続けてきた。


 そして条約の失効は、その理想を現実へと解き放つことになる。


 海軍省と軍令部はただちに動いた。


 それまで構想段階にあった新戦艦計画は一斉に実行へ移された。造船所は昼夜を問わず稼働し、各地の海軍工廠では巨大な砲塔や装甲板が次々と生産されていく。


 呉。

 横須賀。

 佐世保。

 舞鶴。


 四つの鎮守府の造船台には、やがて巨大な艦影が並ぶことになる。


 それらは従来の戦艦とは比べものにならない存在だった。


 巨大な船体。

 圧倒的な装甲。

 そして、世界最大級の主砲。


 日本海軍はこの新世代戦艦を中核に据え、迎撃漸減作戦の最終段階――決戦艦隊を完成させようとしていたのである。


 建造計画は段階的に進められた。


 まず既存戦艦の近代化改装が徹底された。

 長門型は主砲・装甲・機関の改良を受け、なお主力として戦える状態に整えられた。


 続いて建造されたのは、新世代の41センチ砲戦艦群であった。


 三連装主砲三基。

 重装甲。

 高速力。


 これらの艦は、主力戦列の中核を担う存在として設計されていた。


 しかし、それでも日本海軍は満足しなかった。


 軍令部の作戦研究では、アメリカ海軍が将来的にさらに強力な戦艦を建造する可能性が指摘されていたのである。もし敵がより大きな主砲を持つならば、日本はそれを上回らなければならない。


 そうして生まれたのが、


 四十三センチ砲戦艦。


 三連装主砲三基。

 九門の巨砲。


 その砲弾は一発一トンを超え、発射されれば三十キロ以上先の敵艦を打ち砕く力を持つとされた。


 そしてさらにその上に、究極の戦艦計画が存在した。


 四十六センチ砲戦艦。


 史上最大の艦砲。

 三連装三基九門。


 その砲弾は海を越え、装甲を貫き、敵戦艦を一撃で沈める力を持つと期待されていた。


 巨大な砲塔が造られ、厚い装甲板が鍛造され、造船台では巨大な船体がゆっくりと姿を現していく。


 それは単なる軍艦ではなかった。


 国家の意思そのものだった。


 そして年月が流れた。


 昭和十七年。


 ついに最初の新戦艦が竣工する。


 その巨大な姿は、港にいた誰もが言葉を失うほどの迫力を持っていた。


 さらに翌年。


 新戦艦は次々と就役し、艦隊編成は急速に拡大していく。


 四十三センチ砲戦艦。

 四十一センチ砲戦艦。

 高速戦艦。


 そして既存の長門型、金剛型。


 それらが一つの艦隊としてまとめ上げられていった。


 海軍兵学校出身の若い士官たちは、かつて教科書で読んだ艦隊決戦の理論が、ついに現実のものとなったことを実感していた。


 戦艦二十隻。


 それは世界のどの海軍にも存在しない、前例のない規模の主力艦隊だった。


 南方海域の広い港で、ある日その艦隊は整列した。


 巨大な艦影が水平線近くまで続く。


 先頭には新鋭戦艦。


 その後ろには重厚な主力戦艦。


 さらに後方には高速戦艦群。


 甲板上の水兵たちは整列し、旗艦のマストには連合艦隊旗が掲げられていた。


 海面は静かだった。


 しかしその静けさの下には、巨大な力が潜んでいた。


 この艦隊は、ただ存在しているだけでは意味がない。


 決戦のために存在している。


 太平洋の彼方。


 アメリカ合衆国。


 その巨大な工業力と海軍力こそが、日本海軍が最終的に対峙する相手だった。


 いつか必ず、太平洋のどこかで両艦隊は出会う。


 その瞬間のために、日本海軍は準備を整えてきたのである。


 そして今――。


 艦隊は完成した。


 四十六センチ砲戦艦。

 四十三センチ砲戦艦。

 四十一センチ砲戦艦。

 高速戦艦。


 合計二十隻。


 それはまさに、


 迎撃漸減作戦の完成形。


 海軍軍令部のある参謀は、完成した艦隊の編成表を見て静かに言った。


「これでよい」


 その言葉には確信があった。


 もしアメリカ艦隊が太平洋を越えて来るならば――。


 この艦隊が迎え撃つ。


 巨砲と装甲を備えた二十隻の戦艦が、一斉に主砲を放つ。


 その時こそ、日本海軍が長年思い描いてきた


 艦隊決戦


 が実現するのである。


 巨大な戦艦の群れは、静かな海に浮かんでいた。


 まだ戦いは始まっていない。


 しかし誰もが知っていた。


 この艦隊が出撃する時、

 それは太平洋戦争最大の戦いになるだろう。


 ーー


 瀬戸内海の朝は静かだった。


 穏やかな水面に、ゆっくりと霧が流れている。遠くで曳船の汽笛が鳴り、海軍工廠の岸壁では水兵たちが忙しく動き回っていた。


 その静かな海に、ひときわ巨大な影が浮かんでいた。


 戦艦――


 いや、もはやそれは従来の戦艦という言葉では収まりきらない存在であった。


 巨大な艦首。

 重厚な装甲。

 そして前甲板にそびえ立つ三基の巨大砲塔。


 その砲身は、まるで鉄の塔のように長く、ゆっくりと空を指している。


 四十六センチ砲。


 人類が建造した最大の艦砲である。


 その主砲を装備した新世代戦艦――


 播磨型戦艦。


 一番艦、播磨。

 二番艦、越後。


 満載排水量七万トン級。


 主砲は四十六センチ砲三連装三基、計九門。

 装甲帯は四百ミリを超え、いかなる敵戦艦の砲撃にも耐えることを目標として設計されていた。


 その砲弾は一発一トンを優に超える。


 装薬により撃ち出されたその巨大な弾丸は、三十キロ以上先の敵艦へと到達し、分厚い装甲をも打ち破る威力を持つとされていた。


 播磨の艦橋に立った士官は、遠くの海面を見渡していた。


 その視線の先には、さらに巨大な艦影が並んでいる。


 それは播磨型と並び、連合艦隊の中核を担う存在だった。


 大和型戦艦。


 大和。

 武蔵。

 信濃。

 紀伊。


 四隻の巨艦が、瀬戸内海の港に整列していた。


 大和型の主砲は四十三センチ砲。


 播磨型よりわずかに小さいとはいえ、その威力は世界のどの戦艦をも凌駕すると言われていた。


 三連装砲塔三基。

 九門の巨砲。


 砲身の長さは実に二十メートル近く。砲口は人間が立ったまま入れるほどの巨大さである。


 砲弾は空を裂き、三十キロ以上先へと飛翔する。


 この砲が一斉に火を噴いたとき、海面は巨大な水柱で覆われ、敵戦艦はその衝撃に震えることになるだろう。


 そして主砲だけではない。


 大和型は重装甲でも知られていた。


 主装甲帯は三百五十ミリ級。

 砲塔装甲はそれ以上。


 遠距離砲戦において敵弾を防ぎつつ、巨砲で敵を撃ち抜く。


 それはまさに、日本海軍が理想とした


 艦隊決戦用戦艦


 であった。


 港の防波堤には、多くの海軍関係者が集まっていた。


 海軍省の官僚。

 軍令部の参謀。

 そして造船技師たち。


 彼らは静かにその光景を見つめていた。


 瀬戸内海の穏やかな水面に、六隻の巨大戦艦が並んでいる。


 播磨。

 越後。


 大和。

 武蔵。

 信濃。

 紀伊。


 まるで鋼鉄の山脈のようだった。


 その後方にはさらに多くの戦艦が続いている。


 四十一センチ砲戦艦。


 長門型。


 高速戦艦。


 合計二十隻。


 世界最大の戦艦艦隊である。


 甲板上では水兵たちが整列し、整備員が主砲塔の点検を行っていた。巨大な砲身の下で、彼らの姿はまるで小さな影のように見える。


「すごいものだな……」


 ある若い士官が思わずつぶやいた。


 その言葉に、隣にいた先任将校が小さくうなずいた。


「これが、我々の切り札だ」


 その声には誇りと、わずかな緊張が混じっていた。


 なぜなら、この艦隊が存在する理由はただ一つだからだ。


 艦隊決戦。


 太平洋の彼方からやってくるアメリカ艦隊。


 それを迎え撃ち、撃破する。


 そのために、この巨艦隊は造られた。


 造船所の技師たちにとっても、この光景は特別な意味を持っていた。


 何年もの歳月をかけ、膨大な労力と資材を費やして建造された戦艦。


 巨大な装甲板を鍛え、砲塔を組み立て、船体を建造し、機関を据え付ける。


 そのすべてが、今こうして一つの艦隊として完成したのである。


 ーー


 太平洋は広い。


 瀬戸内海に並んだ日本の巨艦隊とは対照的に、そのはるか東方、アメリカ合衆国の造船所でもまた巨大な軍艦が次々と生まれていた。


 場所は大西洋岸。


 ニューポートニューズ造船所。


 巨大な造船台の上で、一隻の戦艦が静かに海へと滑り出していく。


 進水式の汽笛が鳴り響き、岸壁に並んだ観衆から歓声が上がった。


 その艦の名は――


 戦艦アイオワ(BB-61)


 アメリカ海軍の新世代戦艦である。


 艦首は鋭く伸び、長大な船体は従来の戦艦よりも細く、洗練された形状をしていた。


 その理由は一つ。


 速度。


 この戦艦は三十三ノットを発揮することができた。


 従来の戦艦が二十七ノット前後であった時代において、それは異常ともいえる速力である。


 巨大な主砲を持ちながら巡洋艦並みに高速。


 それがアイオワ級の最大の特徴だった。


 前甲板には三基の砲塔が並んでいた。


 三連装主砲三基。


 計九門。


 口径は十六インチ――四十・六センチ。


 砲身は長く、鋭く空を指している。


 この砲から発射される装甲貫通弾は、遠距離でも敵戦艦の装甲を打ち抜く力を持っていた。


 だが、アイオワ級の真の強さは主砲の威力だけではない。


 その艦橋には、巨大なアンテナが取り付けられていた。


 それは日本の戦艦にはまだ存在しない装備だった。


 射撃レーダー。


 夜間でも、霧の中でも、敵艦の位置を捕捉することができる装置。


 そしてその情報は射撃指揮装置へと送られ、主砲の照準を修正する。


 つまり――。


 敵を「見る」ことができなくても、砲撃が可能になる。


 これは戦艦戦の常識を変える技術だった。


 アメリカ海軍は、この新型戦艦を太平洋へ送り込もうとしていた。


 そしてアイオワ級だけではない。


 すでに数年前、アメリカ海軍は新世代戦艦の建造を開始していた。


 その一つが


 戦艦ノースカロライナ (BB-55)


 である。


 高速戦艦として設計されたこの艦は、十六インチ砲を装備しながら高い速力を持っていた。


 さらに続いて建造されたのが


 サウスダコタ級戦艦。


 装甲を強化し、戦艦としての防御力を高めた強力な艦である。


 アメリカはすでに複数の新型戦艦を保有しつつあり、その建造能力は日本を大きく上回っていた。


 そして何より恐るべきは――。


 工業力。


 アメリカの造船所は巨大だった。


 ニューポートニューズ。

 ブルックリン。

 フィラデルフィア。


 それらの施設では、同時に複数の戦艦が建造されていた。


 巨大なクレーンが動き、鋼板が運ばれ、リベットの音が昼夜を問わず響く。


 アメリカの戦艦は、まるで工業製品のように整然と建造されていた。


 日本の戦艦が「国家の総力」で作られる存在だとすれば、アメリカの戦艦は「巨大な工業機械」が生み出す兵器だった。


 あるアメリカ海軍士官は言った。


「日本は強い戦艦を作るだろう」


 そして続ける。


「だが我々はそれより多く作る」


 太平洋は広い。


 そしてその広大な海の両端で、二つの巨大艦隊がゆっくりと形を整えていた。


 西では、日本海軍の巨砲戦艦。


 東では、アメリカ海軍の高速戦艦。


 両者の思想は対照的だった。


 日本は――巨砲と装甲。


 遠距離から敵戦艦を撃破する決戦艦隊。


 アメリカは――速度と技術。


 レーダーと機動力による近代戦艦。


 どちらが優れているのか。


 それを決めるのは、理論でも設計図でもない。


 実戦。


 太平洋のどこかで、必ずその時が訪れる。


 巨大な戦艦同士が向かい合い、主砲を撃ち合う日。


 海軍士官たちは皆、それを知っていた。


 そしてその舞台は、徐々に絞られていく。


 南洋諸島。


 マリアナ海域。


 日本本土とアメリカ艦隊の中間に位置する、太平洋の要衝である。


 もしアメリカ艦隊が西へ進出するならば、必ずそこを通る。


 そして日本海軍の迎撃漸減作戦もまた、その海域での決戦を想定していた。


 巨大艦隊同士の衝突。


 それはもはや避けられない運命となりつつあった。


 ーー


 瀬戸内海は静かな朝を迎えていた。


 海面は鏡のように穏やかで、薄い霧がゆっくりと流れている。空はまだ淡い色をしており、東の空から昇り始めた朝日が海面をかすかに照らしていた。


 その静かな海に、巨大な艦影が並んでいた。


 戦艦。


 それもただの戦艦ではない。


 日本海軍が長年の歳月をかけて完成させた、決戦艦隊である。


 先頭に立つのは、巨大な艦橋を持つ戦艦だった。


 46センチ砲三連装三基を備えた新鋭巨艦。


 播磨。


 その背後には同型艦の越後が続いている。


 さらにその後方には、堂々たる艦影を持つ四隻の巨艦が並んでいた。


 大和型戦艦。


 大和。

 武蔵。

 信濃。

 紀伊。


 四十三センチ砲を備えた主力戦艦である。


 その砲塔は巨大で、三基の砲塔が一直線に並ぶ様子は、まるで鋼鉄の城塞のようだった。


 さらにその後方には四十一センチ砲戦艦群が続く。


 薩摩。

 大隈。

 尾張。

 三河。


 そして日本海軍の象徴とも言える戦艦――


 長門。

 陸奥。


 これらの戦艦が整然と列を作り、瀬戸内海の港内に並んでいた。


 だが、それだけではない。


 さらに後方には高速戦艦部隊が控えていた。


 三十・五センチ砲を備えた新鋭高速戦艦。


 出雲。

 摂津。

 石見。

 因幡。


 そして高速戦艦として近代化改装を受けた金剛型。


 金剛。

 比叡。

 榛名。

 霧島。


 合計二十隻。


 世界最大の戦艦艦隊である。


 岸壁には多くの海軍関係者が並び、その光景を見守っていた。


 造船技師。


 軍令部参謀。


 若い士官。


 誰もが静かにその艦隊を見つめている。


 この艦隊は、日本海軍が長年夢見てきたものだった。


 艦隊決戦。


 太平洋を横断してくるアメリカ艦隊を迎え撃ち、巨大戦艦同士が主砲を撃ち合う。


 その決戦のために、日本は巨艦を造り続けてきた。


 そして今、その艦隊は完成している。


 二十隻の戦艦。


 それは世界のどの海軍にも存在しない規模だった。


 やがて、港の空気が少し変わった。


 旗艦のマストに掲げられた連合艦隊旗が、ゆっくりと風を受けてはためく。


 旗艦の艦橋に、一人の男が立っていた。


 連合艦隊司令長官。


 Isoroku Yamamoto


 彼は双眼鏡を下ろし、ゆっくりと艦隊を見渡した。


 目の前には、鋼鉄の山脈のような戦艦群が並んでいる。


 長い年月をかけて整備された艦隊。


 それが今、ここに集結していた。


 やがて副官が静かに報告する。


「各艦、出撃準備完了しております」


 山本はしばらく黙っていた。


 そして短く言った。


「出撃する」


 その命令は、ただちに艦内に伝えられた。


 やがてラッパが鳴る。


 出港ラッパである。


 甲板上では水兵たちが一斉に配置につき、曳船が巨大戦艦の周囲に集まってきた。


 まず最初に動き出したのは、先頭の戦艦だった。


 播磨。


 巨大な艦体がゆっくりと岸壁から離れる。


 重い機関が回転を始め、海面に白い波紋が広がった。


 続いて越後。


 その後ろでは大和型戦艦が次々と動き出す。


 大和。

 武蔵。

 信濃。

 紀伊。


 巨大な戦艦が一隻、また一隻と港を離れていく。


 その光景は圧倒的だった。


 巨大な鋼鉄の塊がゆっくりと動き出し、静かな瀬戸内海を進んでいく。


 岸壁の人々は黙ってそれを見送っていた。


 やがて艦隊は港外へと出る。


 海面は広く、艦隊はゆっくりと隊形を整えていく。


 主力戦艦隊。


 高速戦艦隊。


 二つの艦隊が整然と並び、やがて一つの巨大な戦列を形成した。


 遠くから見ると、それはまるで海の上に鋼鉄の道ができたようだった。


 その先頭で、播磨がゆっくりと針路を変える。


 艦橋では航海士が静かに報告する。


「針路、南方」


 マリアナ方面。


 太平洋の要衝。


 そこは日本海軍が長年想定してきた決戦海域だった。


 もしアメリカ艦隊が西へ進出するならば、必ずそこを通る。


 そして日本海軍は、その海域で迎え撃つ。


 迎撃漸減作戦。


 その最終段階。


 艦隊決戦。


 戦艦二十隻の巨艦隊が、その決戦のために動き始めたのである。


 瀬戸内海の空はすでに明るくなっていた。


 太陽が昇り、巨大戦艦の装甲板を白く輝かせている。


 播磨の前甲板では、三基の主砲塔がゆっくりと旋回していた。


 巨大な砲身が、遠くの水平線へ向く。


 その先には、まだ何も見えない。


 しかし誰もが知っていた。


 太平洋の向こう側にも、巨大な戦艦が存在している。


 アメリカ海軍。


 新型戦艦。


 高速戦艦。


 そして射撃レーダー。


 二つの艦隊は、まだ出会ってはいない。


 だが確実に互いへ向かって進んでいた。


 やがて瀬戸内海を抜け、艦隊は外洋へ出る。


 太平洋。


 広大な海が、眼前に広がっていた。


 播磨の艦橋で、見張り士官が静かに呟く。


「決戦ですね」


 その言葉に、艦長は小さくうなずいた。


「そうだ」


 そして前方を見つめる。


「艦隊決戦だ」


 戦艦二十隻。


 その巨艦隊は、静かな太平洋へと進み続けていた。


 その先で待つものが、歴史を変える戦いになることを、まだ誰も知らない。


 しかし確かなことが一つあった。


 この艦隊が主砲を放つ時――


 それは太平洋戦史における


 最大の戦艦決戦


 になる。


 進路。


 マリアナ沖。


 巨艦隊は、ゆっくりと南へ進んでいった。

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