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工学系女子シリーズ(異世界・恋愛、仕事)

【工学系女子シリーズ③】継母と義妹に居場所を奪われましたが、建築コンテストで人生逆転して同居の年下天才少年が毎日可愛いです

作者: コフク
掲載日:2026/02/12

ノエラ・リーヴェの部屋は、この家の中でいちばん小さく、いちばん古い。

屋根裏の、もともとは物置だった場所を、無理やり部屋として使っているだけの空間だ。天井は低く、壁紙はところどころ剥がれ、冬になると窓の隙間から冷たい風が入り込む。

ノエラは、長い豊かな銀髪を下ろし、上から古い肩掛けを羽織って、寒さをしのぐ。

心が寒くなることもあるが、そんな時は、本を読んだり、勉強をすれば、とても捗る。

ノエラは、一人で静かに思考できる場所があるだけ幸せだと思うことにしていた。


母や、祖父が生きていた、小さな頃は、大事にされていて、もう少し幸せだった。母は本を沢山読んでくれて、文章の書き方も教えてくれた。祖父は算術や建築の初歩的な事を教えてくれた。それはノエラの今に繋がる財産だ。

今のノエラの部屋の、机の上には、設計用紙と鉛筆、それと、一冊の本があるだけ。

この本は、今のノエラにとって、一番の宝物。


この部屋以外にも、宝物はある。父の書斎の本たち。

この家は、代々建築家の家系である。祖父も、曾祖父も建築家。そして父も、現役の建築家だ。

そのため、父の書斎には、壁一面に建築書が並んでいる。構造設計、都市計画、居住工学、建築史。高価な専門書も少なくない。建築書だけは、自由に読んでいいと父は言っていた。

だからノエラは幼い頃から、父の書斎に入り浸り、本を読み続けてきた。


中でも、こっそり自分の部屋へ持ってきて、何度も読み返している一冊がある。

――『人が活きる建築』著:アリシア・エーデル

豪華さより機能。

見栄より安全。

人が安心して暮らすための建築。

……住む人への愛を感じて、温かい気持ちになる。

(この人みたいな建築家になりたい)

ノエラが目指すのは、いつも「人が温かい気持ちで暮らせる建物」だった。


階下から、甲高い声が響く。

「ノエラ、まだ降りてこないの!?」

継母の声だ。

続いて義妹の声。

「また意味ない落書き描いてるんでしょー」

意味もあるし、落書きではない。設計図だ。――けれど訂正する気は起きなかった。

階段を降りると、継母は腕を組んで待ち構えている。

「そろそろ将来を考えなさいよ」

「将来、ですか」

「お金持ちの家にお嫁に行けば、あなたの人生は安泰でしょう?」

義妹がくすくす笑う。

「地味なお姉さまが玉の輿、乗れるのかしら~」

ノエラは落ち着いた声で答えた。

「安泰になるのは家計で、私の人生ではありませんよね」

継母の眉がつり上がる。

「また口答えして。可愛くないわよ」

「事実ですよね」

義妹が肩をすくめる。

「変な建物描くより、ダンスの練習したら?」

「用途が違うので比較になりません」

継母は大きくため息をついた。

「うちは、あなたの趣味を一生支える余裕なんてないのよ?」

(建築は趣味ではありません)

心の中でだけ答え、ノエラは自室へ戻った。

設計図を広げる。

描いているのは、孤児院の居住施設。

見通しのいい廊下。

光の入る中庭と、それに面した各部屋。

そして……

(子どもが、一人にならない建物)

それだけを考えて描いた。

________________________________________

王都主催・建築設計コンテスト。

会場には、豪華な邸宅や大神殿、大規模商業施設の模型がずらりと並んでいる。

どれも大きく、豪華で、迫力がある。

ノエラの模型は小さい。

隅の方にひっそりと置かれていた。

(素人の手作りだし、場違いでしょうか……)

そう思ったときだった。

「……この動線、誰が考えた?」

背後から低い声。

振り返ると、黒髪の少年が模型を覗き込んでいた。

少し幼さがあり、年下に見える。

「私です」

少年は模型を指でなぞる。

「無駄が多い」

「具体的には、どこですか?」

少年は一瞬黙り、いくつか指を示した。

「基本的な部分で、できていないところがある」

ノエラは頷く。

「ありがとうございます」

少年は、やがて模型全体を見回して言った。

「でも、子どもが居室から食堂まで、必ず人のいる場所を通る。孤立しない構造だな」

ノエラは瞬きをする。

「それを一番に意図しています」

「見れば分かる」

ぶっきらぼうな声だった。

その様子を見ていた女性が近づいてくる。

落ち着いた雰囲気の女性。

(……どこかで見た顔)

「あなたが、この設計を?」

「はい」

「私はアリシア・エーデルです」

思わずはっとして声を上げそうになり、口を両手で塞ぐ。

あの本の著者の、憧れの建築家だ。

「あ、あの……私、あなたの本……」

その時、会場で、結果発表が始まり、皆黙って聞く姿勢になる。

下の賞から順番に発表していく。

ノエラの作品は優秀賞。

現実感がなかった。

表彰後、アリシアが口を開くより先に、隣の少年が言った。

「この設計なら学院も行ける」

「……え?」

「王立工学学院。今回の受賞は加点対象にもなる」

アリシアが頷く。

「ゼインの言う通りです。受験する予定はないですか? リーヴェ……建築家のご一家ですよね」

「……はい」

「カルロ・リーヴェ氏が、王立工学学院の先輩で、以前一緒にお仕事をしたことがあります」

「……父です。

でも、家で学校の話が出たことは無いです。今日のも、ほぼ独学で……」

「受けろ。才能がもったいない。基礎を身に着けたら、もっと伸びる。奨学金制度もある」

横で少年が強い口調で言う。

「お家が遠いなら、うちに来ても良いのですよ。

それに、うちで勉強するなら、私も、息子のゼインも見られます。あなたより一つ年下だけど、学院で助手もしているんですよ」

アリシアが、少年の肩に手を置く。

ノエラは黙っていたが、心が体温を得て、動き出すのを感じた。

(受賞したお金と奨学金で通えるなら……行きたい!)

表彰盾を胸にぎゅっと抱いた。

誰かがこんなに自分のことを思ってくれるのは、久しぶりだった。

________________________________________

帰宅後、ノエラは食卓で報告した。

建築コンテストで優秀賞を取ったこと。

学院の受験を勧められたこと。

父は顔を上げた。

「……王都のコンテストか」

「建築の勉強をしたいので、受験します」

父は少し黙ったあと言う。

「受かって建築家になったら、家を継ぐ気はあるのか」

「ありません」

空気が張り詰める。

「建築家の家に生まれておいて、それはないだろう」

「建築は好きです。

でも……この家は、出たいです」

父は机を叩いた。

「勝手なことを言うな!」

義妹が手を挙げる。

「じゃあ、私が建築家のお婿さんもらいま〜す」

父はそちらを見なかった。

継母が慌てる。

「ミーナ、今は黙りなさい」

ノエラは静かに続ける。

「アリシア・エーデルさんの家に行きます」

父が顔を上げる。

「……アリシア?」

「勉強を見てくださるそうです」

しばし沈黙。

「もう、一人で寒い思いをするのは嫌なんです。

家を出ます」

________________________________________

次の日、王都の中心近くの住宅街へ、一人馬車に乗って向かった。

ノエラが小さな鞄を持ち、アリシア達の家の前で馬車を降りると、門までゼインが迎えに出てくれた。

それほど大きくはないが、無駄のない、きれいな建物。アリシアが建築したものだろうか。

庭も、それほど広くはないが、便利な場所だし、あるだけで十分だろう。

そんなことを思い、きょろきょろ見回しながら、家の入口に向かって歩いていると、庭に、小さな白い花が咲いているのが目に入った。

「スズランですね……」

「好きなの?」

「控え目ですけど、一生懸命咲いている姿が、可愛らしいので」

入口には、アリシアとお手伝いさん達が立って、にこやかに迎えてくれた。


広い部屋へ呼ばれ、アリシアとゼインと一緒に、食卓の席につく。

「私が仕事で遅くなる時は、ゼインと二人で先に食事をしていて」

ゼインの父親は学者だったが、アリシアよりだいぶ年上だったこともあり、数年前に亡くなったのだと言う。

「遠慮しないでね。私たちも、ノエラがいると楽しくて、良いわ。ねえ、ゼイン」

華美ではないが、野菜も多く栄養バランスも良い、美味しい食事だった。

初日なのに、心から笑って食事をできて、すぐに緊張も解けていた。

________________________________________

勉強は書斎で、主にゼインが見てくれることになった。

夜の勉強時間。

ノエラが問題集を見つめたまま手を止めていると、少し離れて隣に座っていたゼインが、声を掛けた。

「ずっと止まってる。その問題、分からない?」

「えっと、ここまでは解けたんですけど、この先が分からないです」

「この式が、違う」

ノートを引き寄せ、書かれた式の横にさらさらと書き直す。

ノエラは肩越しに覗き込む。

ゼインは少し椅子を横に引く。

ノエラも少し近づく。

ゼインがさらに横へ動く。

ノエラも寄る。

「……近い」

「見えないので」

「……お前、わざとだろ」

ゼインは顔をしかめる。

「逃げるので。うふふ」

ノエラが堪えられずに笑う。

「この問題、型がある。覚えて」

説明を聞きながらノエラが言う。

「ゼインさん、やっぱり賢いですね」

ゼインの手が止まる。

「別に、普通」

「さすが、飛び級して助手までしてる天才は、普通の基準が高すぎるんですね」

「……うるさい」

耳が赤い。

ノエラの髪が、ゼインの手に触れる。

ゼインが固まる。

「……今の顔、可愛いです」

「は?」

「照れてるところが」

ゼインは勢いよく顔を背けた。

「からかうなよ。性格悪いな」

「褒め言葉として受け取ります」


別の日、勉強を続けているとしばらくして、ゼインが言った。

「……その、敬語、やめたら?」

「いいんですか?遠慮なくなりますよ」

「別に、いい」

「じゃあ……ゼイン」

ゼインの肩が跳ねる。

「……なに?」

「呼び捨ても、良い?」

「……好きにしろ」

ノエラがもう一度呼ぶ。

「ゼイン」

ゼインはノエラの方を見ないで言った。

「耳元で言うのはやめろ」

(照れてますね)

________________________________________

またある日、その日はアリシアが遠い場所での仕事で帰らない日だった。

夕食の時間になり、食卓に着くが、ゼインが来ない。

ノエラはゼインの部屋をノックした。

「ゼイン、いる?食事の時間よ」

「……いる」

ガラガラ声だった。

ゼインがドアを開けたが、顔色が悪い。

「……ごめん。行こうとしてた」

ふらつく。

ノエラはゼインの頭の後ろに手をやって、ぐっと引き寄せ、自分の額を、そっとゼインの額に当てた。

「少し熱があるわ」

ゼインが後ろに離れる。

「うつるだろ。受験前に、気を付けろ」

「大丈夫。私、寒い部屋に長くいるうち、風邪ひきにくくなったの」

「何だそれ、建築家の家で寒いって」

「残念ながら、事実なの」

ノエラは肩を貸した。

「ベッドまで、一緒に行くね」

ノエラはゼインをベッドに寝かせると、布団を掛けるのも手伝った。

「このまま待ってて。何か食べるもの、持ってくる」

ゼインには珍しく、黙って大人しく寝ていた。

________________________________________

ノエラはゼインの部屋を出て、静かに廊下を歩いた。

台所の灯りはまだ点いている。

中では、使用人の女性――アンナが、夕食を作り終え、運ぶ準備をしていた。

ノエラは声をかける。

「すみません」

アンナは振り返って、柔らかく微笑んだ。

「どうしましたか、ノエラ様」

「ゼインが、少し熱があって……」

「まあ。それは大変ですね!」

「軽いお粥を作ります。ハーブと、穀物がどこにあるか教えていただけますか」

「ノエラ様が、ですか?」

ノエラは頷く。

アンナは一瞬きょとんとしてから、ふっと表情を和らげた。

「右奥の戸棚です。他にも必要な物があれば、何でも言ってください。応援しています!」

アンナは嬉しそうに笑った。

ノエラは小さく頭を下げた。

「ありがとうございます」


棚から穀物と、乾燥カモミール、少量のミントを取り出す。

鍋に水を張り、穀物を入れて火にかける。

コトコトと、小さな音。

ハーブを加えると、淡い香りが立ち上った。

ノエラは鍋をかき混ぜながら、ぼんやりと思い出していた。

小さい頃、熱を出すと、母がお粥を作ってくれた。

「熱いから、ゆっくり食べてね」

そう言って、息を吹きかけて冷ましてくれた。

大きくなり、少し体調が悪い時、一人で作って、食べてみたことは何度かあるが。

ノエラは鍋を火から下ろす。

(作ってあげたい人がいるのって、こんなに幸せなんだ)


器に盛り付け、スプーンを添えた。

________________________________________

アンナがカートに元々作っていた夕食の、ノエラの分を用意してくれて、それに今出来たハーブ粥の器、水も乗せて、二人でゼインの部屋まで運ぶ。


トントントン

ノックして、入る。

「ゼイン、今日の夕食は、一緒に、この部屋で食べよう」

食事をベッドの横の小さなテーブルに置くと、アンナは部屋から出ていった。

ベッドの横に座り、ゼインの身体を起こして、食べさせながら言う。

「母がいた頃、私が熱を出すと、これを作ってくれたの」

あの頃は、父もまだ家にいることが多くて、笑い声があった。

「今は……?」

「母は、だいぶ前に亡くなって、継母と義妹が来て。今の家では、私の居場所は無いわ」

ゼインは低く言う。

「例の、寒い部屋?」

ノエラは、黙って苦笑いで頷く。

「そんな家には、もう帰るな。ここに好きなだけいろ。」

二人とも食べ終わると、ノエラは毛布を掛ける。

ゼインはノエラの袖をつまむ。

「……大丈夫。眠るまで、います」

ゼインの額を優しくなでた。


翌朝。ゼインはすっかり元気になって、朝食を食べに食卓まで出てきた。

「俺、変なこと言ったか?」

「袖つかんで、ここにいてって言われた」

「覚えてない」

「もっと甘えてくれてもいいよ」

ゼインはそっぽを向く。

「まあ、ここにいて良いのは本当だ」

________________________________________

そして、試験結果発表の日。

ノエラは、アリシアとゼインと一緒に、合格発表を見に行った。

どきどきしながら掲示板を見る。

「あ!ありました!」

王立工学学院合格。しかも……。

「こっちの掲示板にも名前がある!」

主席合格。奨学生。

ノエラはアリシアと抱き合い、続いてゼインにも、

「ありがとう!」

抱きつこうとしたらゼインが後ろに下がったので、両手で手を取る。

ゼインは視線を逸らす。

「別に」

耳が赤い。

(可愛い)

________________________________________

入学式の日、

ノエラは、首席として式の会場で、簡単な挨拶をした。

そして、講堂から女子部に入学した生徒の集まる教室へ向かう際、同じ教室へ向かう、フェリアとマレナに出会った。

教室の席に隣同士に座り、先生や先輩の、選択授業等についての説明を聞く。

その後、食堂で昼食を食べながら、どこから来たかとか、どんな勉強をするのかといった話をした。

それぞれ、武器、造船、建築と、専門は違うが、同じように夢を追って、学院にやってきた仲間。フェリアが十五歳で、マレナとノエラが同じ十六歳と、歳もほとんど同じ。初めてだと言う気がしないほど、話が弾んだ。

「お友達になりましょう!」

マレナに言われ、3人は学院で最初の友達になった。

________________________________________

その夜。

アリシア邸に帰ると、

ノエラの机の上に、小さな花瓶が置かれていた。


活けられていたのは、白いスズラン。

「あ、これ……」

「庭のやつ。

駄目になる前に活けた」

ゼインは目を合わせずに言う。


ノエラは花瓶に近づき、そっと覗き込む。

「スズランの花言葉、知ってる?」

ゼインは首を振る。

「――『再び幸せが訪れる』、だよ」

ノエラは続けた。

「私、今……すごく、幸せ」


短い沈黙のあと、ゼインがぼそっと言う。

「……もう、不幸に戻るなよ。

学校も、この家から通えばいい」


ノエラは、小さく笑った。

(人生、逆転したのかもしれません)


白いスズランが、

頷くように、静かに揺れていた。



読んでくださりありがとうございます!

よろしければブクマ・評価いただけると嬉しいです。


ノエラ続編はシリーズ⑤を公開しています。その後も準備中です。

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