青野 × 白川霜雪の深談
夏目忠は比較的沈着だった。青野蒼斗に向かって「社長から電話がありました。青野さんが来たら、すぐ社長室に通報するように言われました」と告げた。
青野は一瞬愣けた後、「わかった、夏目忠。今から行く」と答えた。夏目の肩を軽く叩くと、社長室に向かった。
社長室に入ると、青野は白川霜雪だけを見つけた。普段は社長室で白川と花泽桃凛はいつも一緒にいるので、今の状況は少し不思議だった。
「桃凛はどこ?」青野がドアを閉めて、自然に問った。
白川は白い小さなスーツを着て、颯爽とした美しさを放っていた。淡淡に「桃凛は表哥と一緒に奈良に帰ったの」と答えた。
「なんで急に奈良に?」青野は話しながら白川の向かい側の席に座った。
白川は手元の仕事を止め、秘書にコーヒーを 2 杯持ってくるよう電話をかけた。その後、「桃凛の外祖父が奈良に住んでいるの。見舞いに行くのは当然だよ」と言った。
青野が言う。「きっと君たち二人体が今の状況で困惑して、桃凛に長辈に相談させたんだろ?」
白川は苦笑いして「何も隠せないんだね」と嘆いた。少し間を置いて続けて「姨父に話したんだ。姨父は『もう青野さんとは接しないよう』と言いました。その他のことは、問題が起きたら彼に任せるって」
青野は呆れた —— 白川の考えが掴めなかった。白川は早くから大人びた天才少女だ。以前は花泽のように自分を疑わなかったし、今も花泽のように後悔するような様子もなかった。
「でも安心して」白川がにっこり笑って「姨父の話には従わなかったの」
青野が問う。「なぜ?」
白川は直接答えずに話し始めた。「花映社は私にとって非常に重要です。お金をたくさん稼げるからではなく、実際に私の金はもう十分です。私は遊びや贅沢品にそれほど興味がないの。でも、どんなに多くの金を持っていても、花映社を捨てることはできません。花映社は私の人生の意味がある場所だから。私、白川霜雪がこの世に存在する価値を証明するものです。だから、黒田鉄蔵たちがどんなに金持ちで権力があっても、花映社を売るわけにはいかない」
少し間を置いて続けて「後で考えたんだ。もし青野さんが現れなかったら、私はどんな結末を迎えるだろう?考えれば考えるほど鳥肌が立つの。黒田鉄蔵たちは暴力団ではないけど、やり方は暴力団より凶暴だ。本気で手を出せば、誘拐したり、恥ずかしい動画を撮ったり…… 彼らには私を屈服させる 100 通りの方法があると思う」
青野は白川を驚いたように見た —— 彼女がこんなにはっきりと事実を見抜いているとは思わなかった。
白川が続けて言う。「つまり、私の『人生』を救ったのは青野さんです。私の大恩人です。花映社は重要ですが、花映社を守るために姨父の話に従って青野さんを追い払うのは、恩を忘れて義を欠くことです。もちろん、自分の存在価値を証明するのは大事です。でもその前に、私はまず心に愧いがない『人間』でなければなりません。人間が基本的な道義も守れないのに、何を価値だと言うのは滑稽でしょ?」
この話を聞いて、青野は白川を改めて見直した。彼女の痩せた体の中に、恐ろしい力が宿っていることに気づいた。その節操は今の多くの人に照れさせるだろう。
也许、彼女はまだ若いからこんなに率直で頑固で、世の中の残酷さや卑しさを知らないのかもしれない。だがいずれにしても、青野は白川を敬服した。
以前、青野が白川を守ったのは、彼女の兄・白川陽斗のためだった。が今は、心から白川を守りたいと思うようになった。
彼は武人だ —— 武人は道義に基づいて正義を伸べるものだ。もし武人がこの胸懐を持てないなら、普通人に何を期待できる?青野は白川のような少女は本当に少ないので、さらに守りたいと思った。
「でも……」白川が突然話しを続けた「まだ理解できないことがあるの。答えてくれませんか?」
青野が言う。「どうぞ」
白川が問う。「私が一番困っている時に、青野さんが突然現れました。まるで童話の王子様のように…… でも私は童話を信じません。なぜ、ちょうど私が助けを必要としている時に現れたんですか?」
青野は一瞬考えた後、「確かに偶然が多いです。でもどんな答えを期待していますか?私は神様ではないので、君が助けを必要としていることを知るはずがありません。ただ偶然にその場にいただけです」
白川は黙った。
青野が言う。「也许、君は生まれつき幸運で、困った時に必ず助けてくれる人が現れる運命なのかもしれません。運命って言うと迷信っぽくて不思議ですが、人は生まれた時から、ある程度決まった道を歩んでいます。それを運命と呼びます。生まれつき貴族や王侯になる人もいれば、貧しくて犬のように生きる人もいます。チャンスを掴んで一躍成名する人もいれば、道を歩いていて車に轢かれる人もいます。それぞれ運命は違うのです」
白川が青野を見て「本当に他に理由はないの?」
青野が言う。「私が国外から横須賀に来たのは偶然で、黒田鉄蔵が君にトラブルを持ちかけたのも臨時の思いつきです。私は予知能力がないので、どうして先に知ることができますか?」
白川は一瞬考えた後、嫣然と笑って「そうすると、青野さんは本当に私の運命の恩人なんだね?」
青野は笑って「他に用事がなければ、先に出去ます」と言った。
白川が呼び止めた。「待って!黒田鉄蔵は本当に横須賀を離れますか?それに少林の在家門人は、またトラブルを持ちかけてくるんですか?」
青野は沉吟して「この件は簡単に収まるはずがないです。でも安心してください。兵来将挡水来土掩です。ここは国内で、法治社会だから、彼らは明面上で乱暴なことはできません。もし陰謀を弄くろうとしても怖くないです —— 私は陰謀の達人だから」
白川は少し安心して「では、これからもお世話になります」と言った。
青野はにっこり笑って立ち上がり、退室した。
サトウグループのオフィスでは、黒田鉄蔵と藤堂美波が激情的な時間を過ごしていた。ソファにはまだ湿り気が残っていた。藤堂はだるそうに横になっているが、黒田は黙って考え込んでいた —— 藤堂の体でただストレスを発散していただけだ。
寺内堅心の遺体は既に速やかに火葬され、全ての痕跡が消えていた。生死状に署名して死亡したので、武術界の規則に従い、盛大な葬式を行うことはできなかった。さらに、今回は少林在家門人の面目を失う事件だったので、大々的に宣伝するわけにもいかなかった。
寺内の骨壺は当日の午後、横須賀市の安南霊園に埋葬された。同時に、寺内が死亡した消息は在家門人のグループの中で広まった。
今回の事件は、延輩のグループまで惊动させた。
寺内堅心と黒田鉄蔵は恒輩の弟子だ。恒輩の弟子たちは今もそれなりの地位にいるが、延輩の長辈たちとは依然として大きな差がある。寺内は恒輩の中で最も優れた弟子だったのに、殺されてしまった。しかも生死状に署名し、複数の大師が証人として在席していたので、恒輩の弟子たちは我慢するしかなかった。
この事件の伝播範囲は広くなかったが、延輩の大師兄にまで届いた。
延輩の大師兄は久保影尊という人物だ。久保は今年 30 歳で、実は寺内堅心より 1 歳若い。が、久保の家は燕京の名家で非常に力があるため、当時師事した時の輩分が高かった。その上、彼の実力も非常に高い —— ただ具体的にどれほど高いのか、外部の人は知らない。
今の久保は独立して大阪市で久保グループを設立した。久保グループは大阪一帯の長江埠頭の運送権を掌握しており、毎年運送権から得られる利益だけで 6 億円に達する。さらに久保グループは自動車機械業界にも進出し、国外の自動車を密輸する業務も行っている。6 億円の利益は表向きのもので、密輸による裏の利益は毎年 18 億円にも上る。
久保グループは既に巨大な商業帝国に成長している。延輩の多くの高手や師弟が久保グループに在籍している。これらの高手がいるため、暴力団のような勢力も久保グループに手を出す勇気がない。
政府側については、久保グループは帳簿をきちんと作り、各方面に配慮しているため、今のところ順調に経営している。
少林在家門人は「金字招牌」だ。これらの弟子たちが形成するグループの影響力は、多くの大物も警戒するほどだ。だから彼らは「一栄倶栄、一損倶損」の関係にある。もし寺内がこのまま殺されて師弟たちが何もしないなら、在家門人の威圧力は大幅に低下する。
これは久保グループの少主・久保影尊が許容できないことだ。
がこの状況で、久保は公然と青野蒼斗にトラブルを持ちかけることもできない。なぜなら生死状に署名し、事前の約束が外に漏れているから。江湖の人は最も信義を重んじる。もし少林在家門人が道理に合わないことをすれば、信頼性に多大なダメージを受け、最終的には他人や少林からも不信を受けることになる。
それが本当に起きれば、少林本体も問責するだろう。
結果として、久保影尊たち在家門人は進退両難の状況に陥った。久保は黒田鉄蔵にさらに腹を立てていたが、この時黒田を責めても無駄だ。忙しい中でも黒田に電話をかけた。
黒田が久保からの電話を受け取ったのは、藤堂美波とソファでの激しい時間の直後だった。「誰だ?」黒田は不機嫌に問った。
「俺は楊で、名前は凌だ」久保が淡く冷たい声で答えた。
黒田は一瞬で顔色を変え、どもりながら「師、師叔!」と叫んだ。




