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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嘘のゆくえ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 みんなは、どれほどの隠し事をしているだろうか?

 いや、ここでそれを暴き立てようとかいう意図があるわけじゃないから、安心してほしい。ウソをついてでも隠したいことがある、というのは生き物としての成長のあかしと先生は思っているからね。

 ウソは守りたいもののためにある。自分か他人か、もっと大きなものか。矢印はそれぞれだろうが、いずれもバレたらどのような影響が出るかを頭の中で計算。どうしたらことを荒立てずに済むかの言い訳を考える……なかなか、高度な思考が育まれなければこうはいかない。

 とはいえ、そのときの反応で相手を騙しおおせたと過信するのも危ないな。こちらがそうであるように、向こうだってウソをつける。表向きはこちらの言い分が通じたように思えて、裏では動いているかもしれない。気を抜けないものだ。

 先生が昔に体験した話なのだけど、聞いてみないか?


「なあ、もしかして今日は寄り道してきた?」


 いつも遊びに行く、友達の家。そこで先生を出迎えてくるや、友達はそのようなことをぽつりと訪ねてきた。

 事前に、道草を食うことなくまっすぐ来るように言われていたから、その確認だろう。でも先生は内心でドキドキしていた。時間には間に合っているものだから、まさか追及されるとは思わなかった。


「いや、ちょっと信号との相性が悪くて。遅れないために急いできたんだよ」


 乱れた呼吸に対する、最もらしい言い訳を用意する。


「ほんと~? その手、その靴の先っちょに泥がついてるけど? どこかいじってきたんじゃないの?」


 ブラフだ、と先生は直感する。

 きれい好きの彼は、決まってカマかけのときは相手の容姿に関するところを突いてくるもの。それを承知している先生は、事前に身体の汚れは入念にチェックしていた。

 自信のないものは、そこからボロを出していくものだ。


「そう? じゃあ洗面所を借りてもいいかい?」


 平静をよそおい、僕はこれ以上顔色を見られまいと、先生は洗面所へ急ぐ。

 流水に手をくぐらせつつ、先生は入念に手を洗っていく。

 汚れこそないが、そこにあるかすかな臭いをすっかり誤魔化さんと思ったからだ。

 彼の言う通り、先生は時間に間に合うように寄り道をしていた。それはここに来る前の歩道橋へ差し掛かったときだ。

 横を通り過ぎるおりに、先生は犬のような猫のような、か細い声を聞いた。見ると、歩道橋の登っていく階段の裏側。影になる砂利の部分に、うずくまる姿がある。

 そっと、そこをのぞき込んでみる。鳴き声の想像通りにそこへいたのは子犬のようだった。その気になれば片手でつかみ上げてしまえるほどの体躯。「大丈夫」と、つい声をかけてしまったんだ。


 その言葉が通じたのか否か。

 うずくまっていた姿がぐっと起き上がると、おそるおそるといった形で影の中からこちらへ歩み寄ってきた。

 差し込む光を受けて、わずかにのぞいたその顔を見て先生はちょっと顔をしかめた。その子犬らしき生き物の顔面は口元以外がろくに見えなくなっていたんだ。

 長い毛で隠されている、という風には思えなかった。白い顔はのっぺりとしていて、まるで各々のパーツを置かれる前の福笑いであるかのよう。それでも肉が寄ったりして、見えないだけじゃないのか、と先生はそっと手を伸ばして顔をぬぐってあげようとしたところ。

 指を軽くかまれた。

 近づけた指を、その子犬らしき生き物は当初、顔を寄せてすんすんと嗅ぐような――とはいっても、鼻がついているように見えなかったのだけど――仕草を見せた後、かぷりと先生の指を嚙んできたんだ。


 はた目には、あま噛みに思えるような音の出ない嚙み合わせ。

 けれども、先生にとっては飛び上がるような痛さを伴うもので、あわててその場を退散。駆け足の途中、彼の家の近くで例のブラフを予期したうえで、手足をはじめとする体中の汚れをぱっぱと払い落として、今に至るわけだ。

 噛まれた箇所は、入念に洗ったつもりだった。痛みを若干ともなったままだが、皮膚は赤みがかかっている程度。これなら怪しまれるには足らないだろう……と思っていた。

 ところが、部屋へ通されて飲み物のグラスを握るや、あの噛まれたところからぎゅうっと、血が滲みだしてきたんだ。


「ど、どうしたんだい、それ?」


 友達の前で、完全な失策だった。

 学校にいるときは、このように血がにじむけがなどしていなかった。少なくともこの家へ来る前のどこかで、こさえたとしか考えられない。


「あ~、ちょっと近くの塀でこすったかもしんない」


 へたくそな嘘だ。

 歩いていて、うっかり擦ったなら肩とか袖とかが来そうなのに、なんでわざわざ指の内側をケガするものなのか。

 ばんそうこうこそくれたものの、それから帰るまで終始、友達の怪訝そうな顔は変わらなかったよ。そして、神経質な彼のことだし、よもやと思って先生は帰り際、彼の家の近くの建物の蔭へ隠れて、しばし様子をうかがっていたんだ。


 案の定、友達はほどなく家から出てきて、周囲を見やるそぶりをしながら歩きだした。本来なら、先生の帰り道にあたるところを観察しながらね。

 先のけがで、先生が道草を食ったことの確信を得たのだろう。それを見つけて、こちらを問いただそうというのだろうか? 彼はいったん入れ込むと、異常なまでに執着する気質があることは薄々知っていたが。

 そうして、そのまま進むとなれば、あの歩道橋に。その影にいるあの犬らしきものに気付くのも時間の問題か。

 妙なことになんなきゃいいけど……と、先生はその日は友達が通るだろう道を避けて、大回りをしながら帰宅した。


 それ以降、友達は行方が知れなくなってしまった。

 親御さんたちが捜索願を出したが、彼はついに見つからなかった。直前まで遊んでいたということで先生も話を聞かれたが、こうしてみんなに話したことと、大差ないことしか伝えられない。

 ただ、さらにしばらくして、この地域に人面犬が出たという噂が流れてね。人間の子供の大きさくらいの真っ白いそいつは、口は犬と大差ないものながら、鼻から額にかけては異様に人間めいた造形をしていたのだという。

 先生はついにじかに合うことはなかったが、聞いた限りだとその友達の面影を感じさせるものだったらしい。

 あのとき、先生の指で味わった人の味を、今度は友達で存分に味わったのだろうか。あの犬らしきものは。

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