第1話 観測ユニット、任地へ
霧が晴れたのは、村の鐘が朝を告げたときだった。
ティアレはひとり、林道の外れに立っていた。
外套のように大きめのジャケットのフードを深くかぶり、その奥で、灰色がかった銀の髪が揺れている。
彼女の肩には、観測機材のアンカーが取り付けられていた。黒と青の無機質な筐体が、明滅する微細な光とともに、周囲の魔力濃度を静かに記録している。
「……観測モード、継続。異常なし」
小さく、ティアレはつぶやいた。
この村に派遣されたのは、数時間前のことだった。
南方の辺境。王国の地図にも載っていない、無名の村。
村には襲撃の予兆があるとされ、戦闘型ノクシアが先行して投入される予定だった。
だが、その前に送られたのは、観測ユニット――つまり、ティアレだった。
彼女の任務は、敵影の記録と精霊詩の揺らぎの検出。
戦闘は想定されていない。されてはならない。
「……命令は、敵意の有無を判断し、帰還の可否を上層に送信すること」
フードの奥で、彼女の目が淡く光る。
感情ではなく、機能で状況を測る目だ。
しかし――村の中から、誰かの悲鳴が上がった。
瞬間、ティアレの体がわずかに動いた。
命令にはない行動。それでも、彼女の手は、腰に装着された通信装置に伸びていた。
「ティアレ。観測を中断し、移動します」
それは、彼女の中で芽吹いた、はじめての“判断”だった。