【第八話】『私の詩は、まだ模倣のままです』
その日、基地に視察が来た。
教団紫派の異端審問官長――ヴェルナー・マスケリーニ。
ノクシアたちに即時整列命令が下り、居住区も補給班も作業を中断させられた。
彼の登場は、それだけで場の空気を変える。
「……あの人が、開発主任?」
「ちがう。“審問官長”だよ。上の、もっと怖いやつ」
ナリカが小声で教えてくれた。
黒衣の男の足音は、まるで処刑台へと向かう鼓動のようだった。
私は、呼ばれた。
「模倣詩型ティナ。前へ」
一歩、進む。視線を上げる。
ヴェルナーの目が、私の中を射抜く。
──この人の判断ひとつで、私は処分される。
模倣詩型ノクシア《ティナ》。
いまだ実戦配備されず、精霊詩は不安定。他の個体との干渉リスクが高い。
戦力評価に達していない私が、今ここで「不要」と判断されれば、それが最後。
「……詩は、まだ模倣のままか」
静かな問いだった。
「はい。精霊詩構文は未安定、模倣状態から脱しておりません」
「そうか」
それだけだった。
判断も命令も、処分の言葉も、なかった。
彼は次の個体へと視線を移す。
(なぜ……?)
あの目は、私の欠陥を見逃したわけではなかった。
けれどそこに、怒りも、見下しも、なかった。
──まるで「まだ何かの役目がある」と思っているかのような。
その夜、ナリカが言った。
「ねぇティナ、怖かった?」
「……はい。でも、どこか、安心もしました」
「だよね。……あの人、誰も切り捨てなかった」
私はまだ模倣詩しか持っていない。
でも、模倣のままでも、必要とされる瞬間があるなら――
今は、それだけでいい。




