第1話 命令:同化せよ
村に、その少女はふらりと現れた。
黒と白を基調としたドレス風の服。銀髪のロングヘアに、赤い瞳。
まるで精密に作られた人形のような外見に、村人たちは言葉を失った。
「サンク・エクラ教団紫派所属。戦術試験個体、アンジェ。任務……村への同化行動」
彼女は、読み上げるようにそう言った。
淡々とした声。けれど、確かにそこに命令の意思があった。
村人の誰もが、その言葉の意味を理解できなかった。
ただ一人、鍛冶屋の息子・レオンを除いては。
「……おまえ、軍人か?」
そう問う彼に、アンジェは首をかしげた。
「軍属ではない。王国軍の認可範囲外にて、実験運用中」
無機質な返答。だが、その中にどこか寂しさのようなものが漂った。
アンジェは村に居ついた。住み着く、というよりは「監視下に置いた」というべきかもしれない。
彼女は毎朝、村の中心に立ち、命令を確認するように空を見上げた。
そしてそのたびに、静かに言った。
「本日、命令なし。独自判断にて同化行動を継続する」
村人は最初、彼女を恐れた。けれど、次第に慣れていった。
戦うでもなく、命令するでもなく。彼女はただ、そこにいた。
ある日、村の子どもがアンジェのスカートを引っ張った。
「お姉ちゃん、遊んで」
アンジェは戸惑ったように目を瞬かせた。
そして、機械的に頷いた。
「了解。遊戯行動、承認」
ぎこちなく手をつなぎ、子どもと一緒に野原を歩くその姿を、レオンは物陰から見ていた。
「……本当に、同化してきたな」
そうつぶやいた彼の目に、少しだけ笑みが浮かんでいた。