【第五話】『不協和音を聞いた日』
訓練区域の仮設演習場。その日は、連携詩の訓練だった。
わたしは後衛支援班に配置され、詩兵二名の援護として模擬戦に投入されていた。
「ティナさん、リンク安定。模倣詩、同期します」
通信越しのオペレーターの声。同期──わたしの精霊詩が、味方の詩構文に“合わせにいく”処理。
危険だ。
わたしの模倣詩が、再び乱れるかもしれない。
けれど。
「了解。試行、三秒後」
数える。
心を無にする。
──三。
──二。
──一。
瞬間、音が崩れた。
味方の詩が割れる。
構文が濁り、精霊の回路が迷走する。
「……っ、ティナ、切断を──!」
詩兵の悲鳴。
直後、演習場に警報が鳴り響いた。
制御不能。
模擬精霊が暴走し、隣接区域が焼かれる。
「ティナ、避難ルートへ!」
「いいえ、解除詩を強制展開します」
精霊詩の濁りは、逆流する。それを、わたしの“空の詩”で巻き取る。
模倣──しない。
ただ、“余白”を差し出す。
祈りも、命令もない空の構文で、暴走した構文を中和する。
やがて、火花のような光がはじけ、演習場は静かになる。
オペレーターの声が、震えていた。
「構文、安定しました……暴走、解除……」
わたしは、深く息を吐いた。
どこかの誰かが言った。
──不協和音は、音の外から来る。
ならば、わたしはその“外”であり続けよう。
歌わず、響かず、それでも崩壊しそうな詩を受け止める場所として。
演習終了後、ナリカがタオルと水筒を持って駆け寄ってきた。
「無茶したらダメって言ったのに……!」
「……でも、守れました」
わたしが答えると、ナリカは目を細めて笑った。
「ほんと、無茶するなぁ……でも、よくがんばった」
不思議だった。
この人は、どうしてこんなに簡単に、
──わたしのことを“肯定”できるんだろう。
わたしは、誰の祈りも叶えられない。
それでも、今日だけは、少しだけ。
──胸の奥が、ほんの少しあたたかかった。




