【第三話】『模倣詩の裏側で、誰も知らない戦いがある』
「ティナ。敵詩兵が後方に潜んでいる。回避して回り込め」
短く、指令が降りる。
通信越しのその声だけは、わたしのことを“兵士”として扱ってくれる。
それだけで、救われることもある。
「了解、移動を開始します」
コードナンバーで呼ばれることに、もう慣れた。
名前で呼ばれないのは、危険を意味するけれど──それが“安全”でもある。
敵詩兵──精霊詩を使って仲間を強化したり、こちらを妨害したりする存在。
通常は後衛だが、今回は前線に極めて近い。
「……囮にされてる?」
小声が漏れる。
わたしを狙って配置された可能性は、決して低くない。
わたしの“失敗”が続いているのは、敵にも知られている。
模倣詩型は暴走の可能性が高い。
だからこそ──潰しやすい。
「……」
でも、行く。
命令ではなく、“決断”として。
なぜなら、今回の作戦には、ナリカも随伴していたから。
後方支援班の一人として。
わたしの存在が、彼女の支援詩を乱すことはない。
なぜなら、彼女の詩には、“模倣されるべき歌詞”がないから。
──ナリカは、“誰かの傷”を抱え込んで、それでも笑う詩兵。
そしてわたしは、その声に共鳴して、初めて“黙っている意味”を手に入れた。
模倣しない。
乱さない。
ただ、その声に耳を澄ませる。
敵詩兵の気配を察知した。
刹那、敵の詩が展開される。
けれど──
「甘い」
わたしの剣が、その展開詩の詠唱前に、間合いを詰めていた。
──歌を封じられる者だからこそ、見える“隙”がある。
刃が振り下ろされる前、敵詩兵の目がわずかに震えた。
「……おまえ、ノクシア……か?」
その問いには、答えなかった。
答える必要がない。
わたしは、ただ一つの“型落ちプロト”でしかないから。
──それでも、だれかの詩を守るために。
振り下ろした一撃は、風のように静かだった。




