【第二話】『歌えぬ兵に、詩は聞こえる』
──静かな雨だった。
任務帰還後、装備の返却と簡易検査を終え、わたしは診療棟の廊下に座っていた。
左腕の拘束具には、小さな焼損跡が残っていた。
それは敵の魔力ではなく、味方の暴走詩によるもの。
「また、かすっただけで済んで良かったね」
そう言ったのは、メディック班の少女。
名前は──たぶん、ナリカ。
明るい声、優しい笑顔。
でも、わたしとは目を合わせてくれない。
彼女は知っているのだ。わたしの詩が、“狂いを呼ぶ”ことを。
「……ごめんなさい」
かろうじて、そう返した。
彼女は一瞬だけ、眉をひそめた。
でも、すぐに笑顔をつくる。
「謝らないの。ね? 誰だって“失敗”はするんだから」
それが、どれだけ優しい言葉でも。
それが、どれだけ救われる声でも。
──わたしは、それに甘えたら、きっと戻れなくなる。
「ナリカさんは……歌、好きですか?」
不意に問うと、彼女は目を丸くした。
「もちろん。詩を歌えるって、すごいことだと思ってるよ」
「そう、ですか……」
わたしには、それができない。
だから、歌える人が、うらやましかった。
そして、うらやましいと思った自分を、また嫌悪する。
──わたしの声は、誰かの詩を殺す。
「ねえ、ティナちゃん」
ナリカが、ふと問いかけてくる。
「もし、もういちど選べたら……どんな“声”がほしい?」
選べるなら。
祈りを妨げない声がいい。
笑って、だれかの隣にいられる声が。
だけど、それは──
「わたしは、詩が歌えなくて、よかったと思います」
そう答えると、ナリカの瞳が、ほんの少し、揺れた。
「……そう。そっか」
その笑顔は、今度はつくりものじゃなかった。
でも、どこか泣きそうだった。
わたしは、立ち上がる。
もうすぐ、次の出撃時間だ。
──歌えないわたしにも、まだできることがある。
たとえばそれが、“誰かの歌を守る盾”であれば。
わたしの存在理由は、そこにある。




