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第8話『今日からはじめる婚約破棄!』

「エリザベス・リラ・アマースト! 君との婚約はこの場で破棄させて貰う!」

「殿下……! その様な世迷言を」


 最悪だ。

 まるで薄汚いネズミが走り回っている姿を見てしまった時の様な気分だ。

 実に気分が悪い。


「何が世迷言なものか! 君こそ、自分がどういう人間か、しっかりと! 理解しているのか!?」

「何が言いたいのです」


 苛立ったエリーの空気に、胃がキリキリと痛くなる。

 吐きそうだ。

 私の言葉は全てエリーが書いた脚本通りなのに、これで嫌われないかと不安になる。

 が、情けない姿は見せられない。

 やるのだ。


「フン。この期に及んで、まだその様な態度でいるとは、何様のつもりだ。お前は」


 お前とか! エリーに対して! お前こそ何様のつもりだ!!

 この! と自分を殴りつけたくなるが、今はその時ではない。


「私はな。真実の愛を知ったのだ」


 真実の! 愛なら!! ここにあります!!

 私とエリーの間には確かな愛があるのです!!

 オエー。


「さぁ、こちらに来てくれ。マリー」

「……はい。アル様」


 私は、私たちを囲む群衆の中からマリアベルに手を伸ばし、その手を握って引き寄せた。

 その行動に、年末パーティーに参加していた学園に通う生徒たちから様々な声が上がる。

 が、当然ならが好意的な物はない。


 喜んでいるのは、サンドレイ侯爵令嬢だけだ。


「フロマージュ男爵令嬢……!」

「ごめんなさい。エリザベス様。私、アル様のことが……好きになってしまったんです!」

「……」


 随分と熱の入った演技をするものだな。とマリアベルを軽く抱きしめながら感心していた私であったが。

 視界の中で、エリーが冷たく私を見据えるのを感じ、背筋をピンと伸ばす。


「殿下。これは国家に対する裏切りですよ」

「何が国家だ。図々しい。君などは所詮侯爵家。王家たる私こそが国家だ」


 何が国家だ。一人では何も出来ない男が偉そうに。

 と、周りの貴族も当然思っている事だろう。

 このままでは王子が一人暴走する事となってしまう。


 エリーが私に捨てられるのは良いが、王子が転落することは許せない。

 そういう人間なら、そろそろ口を挟んで来るころだ。


「殿下。少しよろしいでしょうか」


 かかった……!


「なんだ? サンドレイ侯爵令嬢」

「殿下は今、少々熱くなられているご様子。少しばかり落ち着いた方が良いかと」

「……」

「無論。殿下のお気持ちも分かります。アマースト侯爵令嬢の様な方と共に居るのでは、お気持ちが荒れる事もあるでしょう」

「何が言いたいのです。サンドレイ侯爵令嬢」

「いえ。別に。私は印象を語る様な事は致しません。提示するなら真実を」


 サンドレイ侯爵令嬢はまるで用意していたとでも言うように群衆の中にいた己の取り巻きを呼び寄せると、ソレをエリーの前に掲げた。

 どこから盗み出してきたのか。エリーのハンカチである。


「殿下! 告発いたします! アマースト侯爵令嬢は、殿下の愛するフロマージュ男爵令嬢に度重なる嫌がらせを行っていたのです!」

「ほぅ?」

「殿下は国の安寧と平和を求め、弱き民への想いを捨てず、救おうと日々努力してらっしゃる。そのお気持ちを、アマースト侯爵令嬢は汚したのです!」


 まるで舞台女優の様に仰々しい動きで、エリーを責めるサンドレイ侯爵令嬢に、私は関心しながらマリアベルへと視線を送る。

 ここは、乗る流れ!


「違うんです! アル様! きっとエリザベス様はアル様を私に取られたくなくて、こんな事をしたんだと思います! 校舎裏での事だって……あ!」

「校舎裏? どういう事だ。マリー。エリザベスに何かされたのか?」

「ち、違うんです。その、きっと、何か事情があったんです」

「エリザベス! これはどういう事だ!」


 両手で顔を隠し、泣いたふりをするマリアベルに私は怒りを滲ませて、エリーを睨みつけた。

 という様な演技をしている訳だが……。

 エリーは本当に辛くないのだろうか。


 本当なら、すぐにでも駆けだしてエリーを抱きしめたいのだが……。

 エリーに演技を忘れるなと強く言われている以上、私は何もできない。

 早くこの茶番が終わることを祈るだけだ。


 しかし、私とマリアベルの話を聞いて、元気よくエリーを責めているサンドレイ侯爵令嬢を見ていると、権力が目的であった以上に、エリーへの憎しみが強い様にも見える。

 まるでこの瞬間をずっと待ちわびていたかの様じゃないか。


 そして、この茶番もそろそろ第一幕が終わろうとしていた。


「もう良い! これ以上は話していても無駄だ。エリザベス。アマースト侯爵家への連絡は後ほど行う。もはや君の顔は見たくもない。出ていけ」

「っ! 殿下! 私は!」

「聞こえなかったのか? それとも反逆罪で捕まえようか!?」

「……! 私は、こんな……!」


 エリーはそのままダンスホールを出て行ってしまい、残された私は餌に獲物が引っかかるのを待ちながら、マリアベルを抱きしめる。


「殿下」


 来たか……!


「何か用か? サンドレイ侯爵令嬢」

「少し、お話をしてもよろしいですか?」

「……それは、この様な場では難しい話か?」

「はい。殿下がよろしければ」

「構わん。別室へ行こうか」

「……殿下。可能であれば、私と殿下とフロマージュさんの三人でお話をしたいのですが」


 私はチラッとマリアベルに視線を送り、マリアベルが頷いた事で了解を返す。

 その様子に、サンドレイ侯爵令嬢は微笑みを深めながら、大いに頷くのだった。


 そして、私はいよいよ獲物を釣り上げるべく、サンドレイ侯爵令嬢を連れて別室へと向かう。

 部屋の中には私たちしかいないが、外にはデック達を立たせて、いざという時の準備も忘れない。


「それで? 話とはなんだ? サンドレイ侯爵令嬢」

「……その前に一つだけ確認を」

「うん?」


 私はとぼけたフリをしながらソファーに深く座り、サンドレイ侯爵令嬢の動きを見据える。


「マリアベルさん。お願いした事はうまく出来ましたか?」

「はい。バッチリです!」

「そうですか」


 サンドレイ侯爵令嬢は微笑みながら何かを取り出して、それを私に手渡した。

 どうやら香水の様だが……。


「殿下。こちらを」

「なんだ? これは」

「私が開発した香水なのですが、殿下に是非ご感想を伺いたく」

「そうか。まぁ、こういう物なら人の多い場所では難しいな。良いだろう」

「はい」


 微笑むサンドレイ侯爵令嬢をそのままに私は香水を手首につけ、匂いを嗅ぐ。

 だが、当然何も起こらない。

 当然だ。私は愛の妙薬など飲んでいないのだから。


 サンドレイ侯爵令嬢の何かを混ぜた匂いを嗅いでもその匂いの虜になったりはしないのだ。


「ふむ。まぁ、良いのではないか。あまり香水には詳しくない故。そんな感想しか言えんがな」

「え?」

「どうした?」

「え、いや、その……」


 そして動揺するサンドレイ侯爵令嬢に、マリアベルが笑う。


「ふふ。あははは」

「な、何を笑っているのですか? フロマージュさん」


 震える声でマリアベルを見つめるサンドレイ侯爵令嬢に、マリアベルはおそらく彼女にとって最悪の言葉を告げた。


「無駄ですよ。天使様。薬は途中で私の物にしたんです」

「……は?」

「ずっとずっと、機会を狙っていたんですよ。天使様。アル様を私だけの物にする機会を」

「ま、まさか、まさか貴女!!」

「ふふ、アル様ぁ。アル様は、私の事、大好きですもんねぇ」

「あぁ」


 私はマリアベルを抱きしめ、微笑みを浮かべる。

 まるで愛の妙薬によって心を奪われている人間の様に。


「貴女!! 私の、私の事を利用したのね!」

「きゃー。こわーい。アル様ぁー助けてぇー」

「サンドレイ侯爵令嬢。やめないか。マリーが怯えているだろう」


 マリアベルを抱きしめながら放った言葉に、サンドレイ侯爵令嬢は遂に限界を迎えたのか、爆発した。


「このっ! 殿下!! 殿下は騙されているのです!」

「騙されているだと? 何に騙されているのだ。私は正常だぞ」

「いいえ違います! フロマージュさんは、保健室で眠る貴方の飲み物に薬を盛ったのです!」

「薬だと?」

「そうです! それは愛の妙薬という薬で、その効果で、殿下はその子の事が好きだと勘違いしているのです! 真実の愛は!」


「ようやく、その名前を口にしましたね。レスティナ・フィール・サンドレイ」

「っ!? な、なぜ貴女がここに……! エリザベス・リラ・アマースト!」


 扉を静かに開け、部屋の中に入ってきたエリーは静かな瞳でサンドレイ侯爵令嬢を見つめ、言い放つのだった。


「無論。貴女の罪を暴く為に」

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