第6話『はじまりのお茶会』
「例の薬だがな。その正体が分かったよ」
「毒ですか?」
「いや、愛の妙薬という惚れ薬の一種らしい」
「惚れ薬……ですか」
「あぁ。薬に混ぜた体液に反応して、その持ち主に惚れる効果があるらしい」
「……随分と悪趣味な薬ですわね」
私は王宮の限られた者しか入れない中庭でエリーとお茶会をしながら調査の結果をエリーに共有する。
これもエリーと共に卑劣な犯人を捕まえる為なのだが……。
「……」
「何か?」
「いや。この様な薬を躊躇いなく使ってくる相手と戦うのに、君を巻き込みたくないなと……」
「殿下」
「……あぁ」
「何度でもお伝えしますが、私は愛する方が一人戦っているのを眺めて、それを良しとする様な女ではありません。共に戦わせてください」
「エリー……」
「それに、私、今、凄く怒っているんですよ?」
「そうなのか?」
「私の殿下を、その様な卑劣な薬で奪おうとするなんて」
「……」
「……何か?」
「いや、『私の殿下』か、と思ってな」
「っ!? わ、忘れて下さい!」
普段は冷静なエリーが頬を朱に染めながら、焦って言葉を並べているのを見て、思わず微笑んでしまう。
可愛い。
「こほん。とにかく。王族に対して薬を盛るなど、重罪です。死罪は免れないでしょう」
「……しかし、フロマージュ男爵令嬢は利用されているだけだ」
「証拠がありません」
「そうだね。じゃあ諦めようか」
「……!」
私の言葉にエリーは明らかに動揺した顔で僅かに体を震えさせる。
そんなエリーを可愛いと思いながら、私は彼女を救うための言葉を紡ぐのだった。
「エリー。私の想像では、フロマージュ男爵令嬢は何者かに操られている」
「……ですが」
「分かっている。証拠が無いのだろう? ならば、調べれば良いじゃないか」
「それはそうですが……敵は王家の手からも逃れる事の出来る高位貴族。証拠を掴むことは」
「出来る」
「……何か、勝算があるのですか?」
「あぁ」
私はフロマージュ男爵令嬢を思い出しながら、酷く単純な話を口にした。
「簡単な話だよ。彼女自身に話してもらおうじゃないか」
「え?」
「フロマージュ男爵令嬢を招待して茶会を開こう」
「……可能なのでしょうか」
「分からない」
「っ」
「だが、手を伸ばさねば届かない物もあるだろう?」
「……はい」
「私は、どの様な小さな物も諦めるつもりは無いんだ。君が諦めないからね」
「殿下……」
「だから、手を伸ばしてみようじゃないか。エリー」
戸惑い、迷うエリーに微笑みながら私は先日と同じ様に手を伸ばした。
手を伸ばしても良いのだという様に。
そして、私はフロマージュ男爵家に茶会の招待状を出し、数日の後にフロマージュ男爵令嬢が王宮に招かれる事となった。
「ほ、ほほ、本日は、お招きありがとうございますっ!」
「あぁ。そう緊張しないでくれ。今日は身近な者だけの茶会だからね」
「身近な! えへへ。私、殿下に身近な人間だと思われてたんですね。嬉しいです」
「そうだね。出来ればもっと親しくなりたいと思っているよ」
フロマージュ男爵令嬢はそわそわとしながら私の後ろを付いて歩き、案内されるままに中庭へと来た。
笑顔で椅子を引けば何のためらいもなく座り、ニコニコと子供の様に微笑む。
私は椅子の後ろに居る騎士へと視線を向けて、決してここからフロマージュ男爵令嬢を逃がさぬ様にという命令を思い出させて、フロマージュ男爵令嬢の正面に座った。
「わざわざ王宮まで悪いね」
「いえ! アル様のお願いなら! どの様な所でも! どんな事でも!」
「そうか。では、早速で悪いが、一つお願いごとをしても良いかな。君にしか頼めない事なんだ」
「私にしか!? はい! なんでも!!」
「では、質問をするから、正直に答えてくれ」
「はい!」
嬉しそうに笑いながら左右に揺れるフロマージュ男爵令嬢を見て、私はフッと笑いながら爆弾を投げつけた。
「保健室で、君は私の飲み物にクスリを混ぜたね?」
「え」
「しかも薬はご禁制の物。所持しているだけで違法な代物だ。君の罪は重い」
「え、いや、え……?」
やはりフロマージュ男爵令嬢は何も知らなかったのだろう。
突然の事にまず理解が追いついていない。
どういう薬かも聞かされていなかったのだろう。
「王国の法に従えば、君の死罪は免れない」
「そ、そんな!」
フロマージュ男爵令嬢は驚き、声を上げながら椅子から立ち上がろうとしたが、騎士たちが後ろに立っている為、立ち上がる事が出来ない。
その事実に気づいて、顔を青ざめさせながら震え始めた。
ようやく自分が置かれている立場に気づいたのだろう。
ここで、私は一つの提案をする事にした。
「しかし、君を許す事も出来る」
「っ! ほ、ほんとう、ですか?」
「あぁ。私も君の事は憎からず思っているしね。助けられる物なら助けたいさ」
フロマージュ男爵令嬢は希望を見つけたという様な顔で私を見つめた。
だが、まだそこに希望は無い。
「君の家族を差し出せ」
「……え?」
「フロマージュ男爵家、そして、君が生まれ育った孤児院の家族。その全ての命を対価として君を生かそう」
「ど、どうして、そんな事を」
「君の罪を彼らに被せるのだ。純粋無垢な君は彼らの悪意によってこの様な蛮行を行った。そういう事にするんだよ」
「出来ません」
「……」
「わたしがいた孤児院は、親をしらない子ばっかりで、みんな、寂しいけど、一緒なら、寒くないからって、スープも分け合って過ごしてたんです。熱が出て辛い時は、寝ないで看病してくれて! 私だって、お腹すいた子にパンを分けて、お腹が空いても、みんなが笑顔で居ればって……!」
フロマージュ男爵令嬢は涙をポロポロと流しながら訴える。
その顔を見て、何も思わない訳ではないが、あくまで今必要なのは冷酷な私だ。
温情を見せて、貴族を甘い世界だと思われては困るのだ。
今後の話をする為にも。
「仕方ない」
「っ! アル様……!」
「君の訴えは分かった。孤児院の者達は許そう」
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「構わないとも。その代わり、フロマージュ男爵家は領地ごと全てを焼き払う事とするが」
フロマージュ男爵令嬢は立ち上がろうとして、騎士に押さえつけられる。
困惑、動揺、悲しみ。
様々な感情を混ぜた瞳で私を見据えながらフロマージュ男爵令嬢は動こうとした。
例え全てが無意味なのだとしても。
「どうした? フロマージュ男爵令嬢。茶会でその様に暴れるのは良くないな」
「領地の人たちは関係ないじゃないですか! フロマージュ男爵家の人たちも!」
「それを決めるのは私だ。忘れたのか? 私はこの国の支配者たる王族。どの様な決断も許されるのだ」
「そんな理不尽!」
「反逆か? フロマージュ男爵令嬢。その様な口の利き方。友人からの影響かな。学園で君と親しい者は全て処罰した方が良いか?」
「っ!」
「理不尽に感じるか?」
フロマージュ男爵令嬢はこれ以上不利な状況を作らない様にと、口をキュッと結んで私をジッと睨みつける。
そんな姿が小動物の様で、私は思わず我慢できずに吹き出してしまった。
「ふはははは!! いや、すまない。全て冗談だ。マリアベル」
「……じょう、だん? それに私の名前」
「あぁ。少しばかり貴族の怖さを教えるべきかと思ってな。こんな話をした。何せこれから君を連れて向かうのは、そういう世界だからな」
呆然としているマリアベルをそのままに、私は合図をする。
準備が出来るまで待っていてくれと言った彼女に。
「では、そろそろ本題に入ろうか。もう普通に話しても良いぞ。意地の悪い事は言わないからな」
「……はい」
「そして、紹介しよう」
私は建物の陰から出てきたエリーを私の隣に呼び、並び立ちながらマリアベルに告げる。
「エリザベス・リラ・アマースト。私の婚約者であり、最愛の恋人だ」
これからを始める為に。