第1話『まだシリアスな辺りのお話』
Twitterでお友達と話をしていて、何となく書き始めた話なので、連載するにしても遅いです。
不定期更新です。
毎日更新は期待しないで下さい。
世界という奴は酷く退屈なのだろうと思う。
「もう一度お言葉を頂戴してもよろしいでしょうか……! 殿下」
「下らん事を二度も言わせるな。貴様は解雇だ。国王陛下には私から伝えておこう」
「そ、そんな! 私の! 私の何が至らなかったというのでしょう!」
「全てだ」
「すべ、て……?」
「そうだ。貴様の言葉には価値を感じない。書籍を読み、貴様の狭量な考えを押し付けるだけの物を『教育』だというのなら、貴様は『教育』を矮小化し過ぎだ」
「ぐっ」
「ハッキリと言ってやろう。未来の王たる私の教育係として貴様では足りん。失せろ」
「っ、失礼します……!」
結局何も言い返せないまま部屋から出ていった先ほどまで教師だった者を思い返しながら私は一つため息を吐いた。
実に愚かしい。
そして、嘆かわしい。
五歳の子供に言われるまま何も言い返せず、苛立ちを示す様に扉を激しく閉じながら出ていく事しか出来ぬ愚か者。
「あの程度の者が国でも有数の学者、か……我が国の未来も昏いな」
一人呟いた言葉は誰にも届く事なく消えてゆき、私は本でも読むかと椅子から立ち上がり、何も言わずとも付いてくる従者と共に王宮にある書庫へと向かうのだった。
しかし、到着した書庫で私は奇妙な物を見つける事になる。
「……子供?」
そう。書庫の中で何やら下女の恰好をした少女が一心不乱に本を読んでいるのだ。
選ばれた者しか入れぬ場所に入っている事は許しがたい事ではあるが、その勉強熱心な姿には大いに関心させられる。
まぁ、特に問題となる様な事はしていない様だし、見逃してやるとしよう。
「失礼するよ」
だが、何もしないというのも問題ではあるから、最初に少し驚かせてから注意をする方がよいだろう。
私はそう考え、普段の調子で声を出しながら部屋の中に入ったのだが、何やら様子がおかしい。
「どうぞ」
「……」
「……何か?」
少女はまるで自分の部屋の様に振舞った後、まるで何事も無かったかの様に本に意識を戻したのだ。
何という傲慢不遜。
まるで自分が世界の神にでもなったようじゃないか。
いや、これは逆に面白いな。
人の事などどうでも良いと思える程の才能を持っているのかもしれない。
そうであれば、将来の私を支える人材として確保したい。
私は部屋の中に入り、少女からやや離れた所にある椅子に座ってから、足を組んで話しかけた。
「何を読んでいるんだい?」
「タベリア動乱の記録です」
「ほう。中々面白い物を読んでいるじゃないか」
「面白い、ですか?」
少女の瞳がキラリと私を見据えて光る。
だが、そこに喜びや嬉しさ等の感情はなく、あるのは敵意の様な色だ。
「愚かな人間たちの記録だよ。愚かな王。愚かな貴族。そして愚かな民衆。滅びは必然であっただろうな」
「……私は、そうは思いません」
「ほう? では君の意見を聞かせてくれないか?」
少女は本を閉じ、両手で抱きしめながら私を真っすぐに見据えて、小さな口を開いた。
「皆、小さな物を守ろうとしたんです」
「……どういう意味だ?」
「病床の王はまだ幼き姫が内乱に巻き込まれぬ様にと、国外へ逃がそうとしました」
「実に愚かな選択だ。王の一族として生まれた以上。国から逃れるなどあってはならない。最後の一人になるまで残り、国にその命を捧げるべきだ。であれば、どの様な形であれ滅亡は免れただろう」
「まだ十三の少女ですよ?」
「もう十三だったんだ。それに、その自称幼き少女が国の秘密を隣国に明け渡した結果、侵攻され国が焼かれている。愚かしい程の大罪人だよ」
「……望んで王族になった訳では無いでしょう?」
「だが、望まれて王族となった」
私と少女の視線は絡み合い、意見も衝突はしないが、小競り合いをしながらぶつかり合っていた。
しかし、ここまで話して一切の感情を表に出していないのは非常に興味深い。
「それでも……私は、私なら、何か出来たのではないかと思ってしまうのです」
だが、ここまで冷静に話していた少女が僅かに目線を伏せながら零した言葉と一筋の涙に私は、何かが胸の奥で揺れるのを感じた。
何故だろう。
この少女の事をもっと知りたいと考えてしまう。
傍に走り寄り、その涙をぬぐいたいと思ってしまった。
しかし、多くの者に見られている中でその様な事は出来ないだろう。
「……であれば、どうするのが最善であっただろうな」
「どう、するのが」
「そうだ。君なら、君がかの姫と同じ立場であったなら、どうありたいと願った」
「私は……私なら、そうですね。いえ、申し訳ございません。私はきっと貴方と同じ答えになってしまいます」
「国に残り、国を残す選択をした……か」
「はい。そう望まれて生まれたのなら。そうある事が正しい事と私は考えていますから」
落ち着いた顔でそう語る少女に、私は何故かそれは違うと叫びたくなった。
意味が分からない。
先ほど私がそうあるべきだと語っていたのに、それを否定するなど矛盾している。
だが。
「なら」
「……?」
「その様な理想を抱えて君が一人戦うというのならば……」
私は椅子から立ち上がり、少女の足元に跪くと本を抱きしめていた少女の手を取った。
「私は君の剣となり、君を害する全てと戦う事を誓おう」
そして、微笑みかけながらその手に口づけを落とすのだった。
☆☆
「……と、まぁこれが私とエリーの出会いだ」
私は生徒会の会長席に座りながら、愛すべき友たちに我が最愛の婚約者との出会いについて語り終え、満足の中で茶を飲む。
微妙な味だ。
エリーの淹れた茶には遠く及ばないな。
「五歳から殿下に目を付けられていたとは……エリザベス嬢も可哀想に」
「おい。不敬だぞ」
私はふざけた事を言う宰相の息子に文句を言いながら、手元の仕事を不敬者に多く振り分けてゆく。
「しかし、良かったですね。エリザベス嬢が運よく婚約者になれて」
「ふっ。運良く? 舐めて貰っては困るな」
「あ、聞かなきゃ良かった奴だ」
「エリーは口づけに驚いたのか、あの後すぐに書庫を飛び出して行ってしまってな。まぁ、頬を赤らめて動揺するエリーはとても可愛らしく……」
「殿下。惚気は良いですから。続きを話て下さい」
「ん? あぁ、それでな。私は使える権力、人材、資金全てを使い、エリーを探したんだ」
「うわぁ……」
「そして、無事エリーがアマースト侯爵家の令嬢である事が判明し、婚約を申し込んだという訳だよ」
懐かしいなと思い返しながら私は笑う。
一手、一手進める度にエリーに近づいている様で、実に愉快な交渉だった。
「しかし、よくアマースト侯爵が認めましたね。あの人のエリザベス嬢への溺愛具合を見ていると、正直素直に頷いたとは思えないのですが」
「あぁ。実際、交渉はかなり難航したよ。かなりの頑固者であったからな。だが……どんな人間にも弱点はある。という事だ」
「と言いますと?」
「我が敬愛する母上とエリーのお母上は学生時代の親友らしくてな。母上がエリーの事を知ってからは非常に話が早かったよ。愛する妻からの訴えを無視する事は出来なかった様だな」
「恐ろしい人だ……」
「絶対に敵にしたくないな」
「愛だよ。諸君」
気分よく話をしていると、扉がノックされる音が響き、私は急いで服を整え髪を整え、組んでいた足を下ろして机に対して正面に背筋を伸ばして座る。
そして、威厳たっぷりの声で外に言葉を返すのだった。
「どうぞ」
「失礼します。殿下」
「あぁ。エリザベス嬢か」
私は指を組みながら、王子らしい微笑みをエリーに向けた。
が、エリーはいつもと変わらない落ち着いた感情の見えない顔で私を見つめるばかりだ。
「殿下。先日の茶会でお話しさせていただいた時期外れの編入生の件ですが……」
「ん? あぁ。例の聖女か」
「はい。殿下はどの様に対応されるのか伺いたく」
「……まぁ、いかに世界を救うという聖女殿であっても一般生徒と変わらぬ対応をするつもりだ。例え、彼女の言う危機とやらが何も起きてない現状であったとしても、な」
「殿下」
「あぁ、すまない発言には気を付けよう」
私は両手を上げ、ジッと静かな湖の様な瞳で見つめてくる美しきエリーに謝罪を送る。
が、エリーはため息を一つこぼすと生徒会室から出ていってしまうのだった。
「ふむ。……少し失敗したか」
「かなりの間違いでは?」
「いや、エリー以外の女性には興味がないとアピールしたつもりなんだが」
「殿下って本当にアホなんですねぇ」
「おい! 不敬だぞ! 貴様!」
「やめろって。これでも昔は神童って呼ばれてたんだぞ」
「あー。それなのに、今はこんなんかー」
「こんなん、とはなんだ! 貴様ら! 今日はまともな時間に帰れると思うなよ!」
そして、私は処理する予定の書類を全て不忠者共に押し付けるのだった。
しかし、この時話していた聖女がこれから学園全体を巻き込む様な波乱を起こすのだが、それはまた別の話。