③蛮族の風習
「おい、離せ! 誰だ! 俺を持ち上げているのは!? 俺はこれでも栄えある魔王軍77柱が一人のオセ様だぞ!」
癇癪を起こした猫そっくりにオセが振り返り、自分を持ち上げている不届き者を確認する。
「………ね、姉さん?」
「奇遇だな。私もお前と同じ立場なんだが」
白い猫メイドに睨まれ、彼女は猫そっくりに項垂れた。
「オセ。ちょっと来なさい」
「¢£%#&□△◆■!!」
オセは姉さんと呼ばれる白猫メイドに襟首を掴まれたまま廊下を滑るように運ばれていく。この後の展開を知っているのか、オセは言葉にならない声で叫びながら必死に何かに捕まろうとする。
「ちょっと! 私を巻き込まないでよ!」
「た、頼む! 助けてくれ!」
「それは私の方だよ!」
オセはカエデを掴んでいる手を緩めておらず、白猫メイドがオセを掴み、オセがカエデを掴んで引きずっている絵が出来上がった。
そしてここは二階である。
「姉さん………め、目の前! 階段! 階段んんん!」
「ちょっ! 嘘でしょ!」
「問答無用」
白猫メイドは全く気にせず、階段を下り始めた。
「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」」
オセとカエデも、綺麗に仲良く階段を一段一段跳ねながら、お尻から降りていく。
「うう、お尻が痛い………」
「いや、この程度で済んだのならいい方だ。命拾いしたな人間」
カエデとオセは、隣り合った椅子に座りながら、お尻を何度もさする。
「この程度って………あなた、いつもどんな仕打ちを受けてるのよ」
「………斧で殴られるとか」
「普通に死ぬって」
二人で言い合っていると、白猫メイド、オセの姉であるシドリーがテーブルの上に食事を並べ終えていた。
複数の野菜が入ったサラダ、焼けた食パンに薄く切られたハム、中央には甘酸っぱい匂いをさせたジャムが添えられている。
「とりあえず食事にしましょう」
シドリーも席につき、木のコップにミルクを注ぎ、カエデ達の分もつくって本人たちの前に置く。
そして、シドリーとオセが両手を胸の前で合わせる。
「「いただきます」」
「………? イ、イタダキマス」
二人が同じ言葉を呟いた。カエデにはその意味が分からなかったが、同じ言葉をつかって動きを真似た。
シドリーがカエデのぎこちなさに気付く。
「食事をする際に必ず行う祈りのようなものだ。お前達人間の中にはないのか?」
「あ………えぇと、教会とかなら、似たような事をします」
カエデは咄嗟に答えた。
「そうか。我々には宗教はないが、野菜にしろ肉にしろ命を奪ってそれを摂取して生きている。我々が使った言葉には、その命を頂いているという意味が込められているのだと教わってきた。今では当たり前のように皆が使っているが、そういった事も含め、魔王様は我々に様々な事を教えて下さった」
シドリーが誇り、感謝するように魔王の名を口にする。
「な、成程」
食事の光景だけ見れば、ただの団欒だが、ここは敵地である。カエデは相手の機嫌を損ねない事を第一に考え、恐る恐る食事に手を付け始めた。




