①目覚め
カエデが目を開くと、そこは見た事もない部屋だった。
「………ここは………どうして?」
頭の中が霧がかったかのように、記憶がはっきりとしない。彼女は取り敢えずと、体を起こし、木造の部屋を見渡してみた。
体にかけてあった白いシーツが腰へと滑る。
カエデは、まず自分がベッドに寝かされていた事を認識する。そして、部屋の中は使い古された机に、上着をかけるハンガーコートが壁際に設置されている。小さな絵画が壁に掛けられているが、その価値は分からない。
誰かの部屋だが、生活の様子が感じられない。そんな印象を覚える簡素な部屋だった。
「そうか、私はあいつと戦って………」
少しずつ思い出す。
空でバードマン達と戦っている中、77柱を名乗る者が現れた。そして相手の一撃を受け、そこから記憶がない事までが線で繋がる。
カエデは左右の手と足を確認するが、縄や鎖等の拘束具は見当たらない。ならばと起き上がって窓の外を覗くと、空の広さからこの部屋が二階であり、下を覗けば異形の者達が大通りを歩いている様子が見える。ゴブリン、オーク、人間が蛮族と蔑んでいる者達であった。
「………蛮族の街? まさか」
心臓が一度飛び跳ねるが、外から見える看板や文字から人間の街だと理解でき、胸を撫で下ろす。
改めて自分の姿を机上の鏡で確認する。服装は防具が外されているだけで、脱がされた様子はない。手足には包帯が巻かれており治療されたことが分かる。
体の節々に痛みはあるが、動けない程ではない。カエデは軽く体の関節を回しながら現状を一つずつ整理し、理解する。
「扉は………え、開くの?」
蛮族に捕らわれていた認識だっただけに、思わず声に出して目を大きくさせてしまった。カエデは口元を手で覆いながら扉を引くと簡単に開き、鏡を使って外を確認しても見張りもいない事がすぐに分かる。
木造の廊下が奥へと続いていた。右はすぐに壁、どうやら部屋の一番奥をあてがわれたようだ。
「………どうしよう、出ていいのかな」
靴はベッドの横に並べられていたが、流石に弓や防具は見当たらない。窓は小さく、体の小さいカエデでも抜ける事はできない。
覚悟を決め、カエデは廊下に出る事にした。
爪先を乗せる度に木造特有の軋みが響く。彼女は泥棒の様に歩きつつ、可能な限り音を消して歩き続けた。
廊下は長く、扉の数が多い。カエデはそこでようやく、ここが宿屋だと理解できた。




