⑪あれが足りない!
「そうと決まれば、善は急げだ。早速出発しましょうや、隊長」
ボーマが手を鳴らす。
「隊長、馬車の準備は既に終えています。水や食糧もデルさんから分けてもらっているので、問題はありません」
相変わらず二人の行動が早い。
本来ならば、妹を助けに行く事は冒険者の仕事でもなく私的な行動であった。王国騎士団にいた頃のタイサであれば、二人に『ついてくる必要はない』と長々と説諭していた所だったが、半ば諦めたかのようにタイサは確認しなかった。
「ありがとう」
短くそう放ったタイサは静かに立ち上がり、その言葉に全てを込める。
「俺達も準備が出来次第、街を出発する。何か必要なものがあれば、遠慮なく言ってくれ。どうせ持ちきれないんだ。いくらでも理由をつけてやるさ」
珍しく道徳や倫理観に厳しいデルから、まるで冒険者時代に戻ったかのような緩い発言を手に入れたタイサは、『それじゃぁ』と真面目な顔で指を立てた。
「金がない」
「本当に遠慮がねぇな。そもそも、この先必要になるのか?」
これより東は魔王軍の影響下に入っている。デルは何に使うのかと尋ねたが、タイサは王都に帰る時に必要になると力説する。つまり、帰りの駄賃がないのだ。
デルは渋々了承し、シエンに準備させるように手配する。
「隊長。武器や防具も必要です、分けてもらいましょう」
「………そういえば俺のは壊れたままだったな。確かに代わりの装備が必要だ」
特にタイサの装備が全損して何も残っていなかった。自分の事なのにすっかり忘れていたタイサは、彼女に用意してもらった予備の衣服だけの姿に気付き、自分の体をぐるりと見渡しながら手で撫でる。
「隊長、俺は女の子が必要だと思います。是非分けてもらいましょう」
ボーマが真面目な顔で笑いながら手を上げた。
「そうだな。ボーマは王都に向かう途中で捨ててもらおう。フォースィよろしく頼む」
「お断りよ」
呆れた顔のまま視線を動かす事なく、フォースィが綺麗に切り捨てる。
「隊長おぉぉぉぉぉぉう! 流れを作っただけじゃないですかぁ!」
「うるさい! 流れよりも空気を読め!」
冗談としては下の下のさらに下だとタイサが声を上げた。
とにもかくにも、当面の資金と装備品がタイサ達に用意される事となった。
だが『杭打ち』のような偏った武具がある訳もなく、かつ王国騎士団の正規品を大手を振って使う訳にもいかない為、タイサ達は大通りの武具店に放置されていた装備をいくつか拝借し、それでも足りない装備は紋章を削り取った騎士用の装備で補う事にした。
無意味かもしれないが、使う側の良心を誤魔化すくらいにはなるだろうと、タイサがデルから貰った資金を店にある程度置いていく。




