⑩そして彼らはいなかった事になる
デルはタイサの表情に呆れるように笑い返した。
「王国騎士団の立場としては、魔王軍を刺激してほしくないんだが………まぁ、ここにはいない人間には注意できないのが残念だ」
「ここにはいない人間? 隊長、どういう意味ですか」
エコーの言葉に、タイサとデルはまだ話していなかったと周囲に視線を巡らせる。
「俺達はここには来ていない。そういう事にしてもらっている。これは既に出発しているヴァルト卿にも伝えているし、承諾も貰っている」
王国騎士団や王都を追われた人間が騎士と共に作戦に参加していれば、王国騎士団に所属し指揮を執っていたヴァルト卿やデルに少なからず迷惑がかかる。そう判断したタイサは事前に二人に相談していた。
「ですが、冒険者としてなら問題ないのでは?」
「この街で戦闘に参加した冒険者は、私を除いて全滅しているのよ。最悪そう言う話が出たとしてもそう答えればいいし、その方がタイサにとっても動きやすいはず」
フォースィが頬杖をつきながらエコーの問いに答える。これ程の事態になっても、相手の立場を不利にさせようと動く人間が必ずいる。今一番の優先は、これから真実を伝え、魔王軍に対抗しなければならないデル達に迷惑をかけない事であると強調した。
タイサが続きを話す。
「偏見と思われるかもしれないが、穏健派だったシーダイン騎士総長亡き今、残っている騎士団長や騎士の中に貴族派が多いのが厄介だ。国王陛下が病床に伏す事が多い以上、最終的に王女殿下、あるいは宰相が舵取りをする事になるのは間違いない。殿下ならば大丈夫だと思うが、なるべく不安要素は避けておきたい」
「………成程」
ついこの前まで王国騎士団に所属していたエコーやボーマにとっては、決して笑えない懸念であった。やや近くで聞いていたボーマは嫌な話だと大きな手を振り、あからさまに苦い顔をする。
「箝口令は出ていませんので、騎士達の話からいずれ皆さんの事が漏れ始めるでしょう。ですが、皆さんの装備は王国騎士団の正規の物ではないので、我々としては他人の空似で通し続けるつもりです」
シエンが細かい部分まで補足する。確かに箝口令を引いた方がかえって怪しまれる。タイサは『済まない』と同期でもあるシエンに感謝の言葉を伝えた。




