⑧名もなき集落
タイサの目的地である集落は、あれから馬車を進めて二時間程の場所にあった。
一時間を過ぎた頃から、街道の跡は完全になくなったが、それでも彼は馬車が通れる隙間を指示しながら木々を縫うように進み、気が付けば森を抜けていた。
「こんな場所があるなんて………」
エコーが目を大きくさせて驚いている。森を大きくくり抜いた名もなき集落。建物は全て木と石で組まれた前時代的なものだったが、通り過ぎる住民達の服装は街の人々と殆ど変わらぬ姿をしていた。
そこに余所者の姿を見つけた二人の青年が、鉄槍を持ったまま近付いてくる。
「………隊長」
「大丈夫だ。俺が話をつける」
ボーマが幌の中で武器を掴むが、音を聞いたタイサがそのまま待てと彼に促し、先に馬車を降りた。
「何者だ!」
いきなり槍を向けられる。
初めから部外者扱いの対応に、タイサは両手を小さく上げながら精一杯の笑顔で言葉を返す。
「怪しい者じゃない。俺はこの集落に住むバルザー爺さんに用があるんだ」
「バルザーさんに?」
槍を持つ青年が互いに顔を合わせる。
タイサはもう一息と言葉を続けた。
「ああ。タイサが来たと言えば伝わるハズだ。悪いがそう伝えに行ってもらっていいか?」
「………バルザーさんは、去年亡くなった」
「………まじか」
タイサの両手首が残念そうに曲がった。
「さぁ、ここにはもう用ははないはずだ!」
「いや、ちょっと待て! それじゃぁ困るんだ」
このままだと目的が果たせない。タイサは困りながらも、『あぁ!』と何かを思い出したかのように何度も頷き始めた。
「そうだ、確か………そうそう、孫娘さんがいただろう! えぇっとぽっちゃりとした三つ編みの………名前は―――えぇと」
大事な固有名詞が出て来ない。
「トリーゼさんの事か?」
「そうだ、トリーゼだ! あの子に伝えてもらっていいかな?」
「………少し待て」
ようやく青年の一人が集落の奥へと向かって行った。もう一人の青年は、槍をタイサに向けたまま警戒しているが、話さえ通れば万事めでたし。タイサはゆっくりと手を下ろし、勝利を確信するように肩を回し始めた。
待つ事数分。
集落の奥から先程の青年と一人の女性が向かって来た。
女性はカエデと同じくらいの年齢だろうか、赤毛の混ざった黒髪を後ろで三つ編みにまとめ、そばかすが目立つ顔立ち。細いくびれには不釣り合いな大きな服を纏い、前掛けは様々な汚れで色が変わっていた。
「あなた………タイサなの?」
油の匂いをさせた女性は、タイサの前で手を腰に当てたまま鋭く睨みつけてくる。
「ああ」
「本当に?」
再度確認して来る女性に、タイサはもう一度同じ返事で答えた。
その瞬間、タイサは女性の腰布に挟んでいた金槌で顔を殴られる。