①仕切り直し
互いに武器を失った。
だが、回復魔法に時間を要するシドリーが不利な状態である事は、誰の目にも明らかだった。タイサは左右の『杭打ち』を失ったが、騎槍と腰の片手剣が、エコーもトリーゼから受け取った溝付きの短剣が手元に残されている。
「その傷では、回復魔法をもってしてもすぐには戻らない。勝負はあったな」
タイサの言葉通り、シドリーは回復魔法を失った左腕の断面に当て続けているが、止血が精一杯であり、他の怪我を直す余裕がなかった。
「まさか、私がここまでやられるとは………何という屈辱」
「屈辱で済んでくれればいいがな………一応言ってみるが、お前を見逃したら部隊を引き上げるという話には乗らないか?」
タイサは壊れた右腕の杭打ちを外して地面に落とすと、代わりに足元に転がっていた自分の騎槍を拾い上げる。
シドリーが背後に目を向けると、短剣を構えたままのエコーの姿が見えた。
「私は誇り高き、77柱だ。そんな言葉を飲む訳にはいかない」
「………そういうものか」
「そういうものだ」
タイサとシドリーが互いに小さく笑う。
だが、シドリーの笑みはタイサの思っていたものとは大きく異なっていた。
「ブエル!」
シドリーが叫ぶ。それに合わせて獣の咆哮が聞こえ、風の結界の中に一匹の巨大な獅子が現れる。
「あいつは、さっきの!」
エコーは背後から現れた獅子から逃れるように横に飛び、そのままタイサの下へと合流する。
ブエルと呼ばれた獅子はシドリーの傍に来ると喉を鳴らした。
「ブエル、済まないが頼む」
彼女の優しみの籠った言葉に、ブエルが空高く吠えると、自身を中心に魔方陣を作り出して、緑色に光る粒子を結界の中に降らせ始めた。
シドリーがタイサ達に話し始める。
「言葉は話せないが、ブエルも立派な77柱だ。その能力は―――」
言い終わる前にシドリーの体の一部に緑色の粒子が集まり出した。胸、腹部、そして左腕に粒子が集中し、タイサ達はその場所が彼女が受けた全ての傷口だとすぐに理解する。
「回復魔法か………それもかなりの上級の奴だ」
「ご名答」
タイサの言葉に、シドリーは復元された左腕で指を握り開く。
「一応言っておくが、この魔法は周囲の者全てに影響する。擦り傷程度のお前達だが、一応傷は塞がっているはずだ」
確かに、とエコーが自分の体の擦り傷があったはずの部分を見つめている。
「………さぁ、仕切り直しといこうか」
ブエルが大きく後退すると、シドリーは再び空間から二本の斧を取り出した。
「隊長………これ以上は」
「あぁ、仕切り直しどころか、こっちにはもう戦う手段が殆ど残されていない」
残る手と言えばあと一つ。
タイサとエコーは騎槍に目を向けた。
「………エコー、可能な限り離れておいてくれ」
「分かりました。隊長もご無事で」
不安そうに下がろうとする彼女に、タイサは左手でエコーの髪を一度だけ撫でる。
そして、シドリーに体を向けた。
「さぁ、始めようか」
タイサは騎槍の柄に掛けられていた複数の留め具を次々と外し、柄を両手で強く握りしめると念じるように大きな言葉を放つ。
「解放!」




