⑦納得と理解の誤差
「相変わらず頑丈なのは何よりで」
呆れた顔でボーマも近付いてくる。そして彼が親指を指した後方では、巨大野豚が横たわり絶命していた。首元にはタイサのランスが深々と刺さり、顔の周りで血の円を描いている。
「奴自身の体重に助けられたよ」
地面を壁代わりに騎槍を突き立てた事で、簡単に突き刺す事が出来たとタイサは立ち上がった。そして体の土汚れを払うと、巨大野豚に近付いて刺さっていた騎槍を引き抜く。
「………ん? どうした、カエデ?」
血まみれの武器を握ったタイサは、木の上で唖然としていた妹に声をかける。
「………兄貴、いつもこんな戦い方をしていたの?」
驚きを通り越して表情が固まっているカエデに、彼はしまったと汗と土で汚れた前髪を掻く。冒険者として旅だったその日の内にタイサは全てを話したつもりだったが、実際の戦いを見せたのはこれが初めてだった。
「あー、心配するなってカエデちゃん。うちの隊長にとってはいつもの事なんだ」
ボーマは木の上にいるカエデに思いつく言葉を並べ、エコーに視線を送る。
「そうそう。隊長はもっと大きな奴に踏まれた時も大丈夫だったから、そんなに心配しなくていいのよ」
「………う、うん」
魔王軍77柱のアロクスとの戦い、その話もカエデは聞かされていた。だが、知識として納得していても、目の前で見た光景を理解するには少し時間が必要であった。
カエデは幹に沿いながら木の上から降りると、タイサの横について体のあちこちを触り始める。
「な、大丈夫だろ?」
服こそ汚れているが、傷も痣も出血もない。タイサは肩をすくめ、妹の心配を払拭させようと笑ってみせた。
「ま、ちょっと驚かせ過ぎたな。すまんすまん」
タイサはカエデの短く茶色い髪を撫でて落ち着かせる。
「しっかし、隊長。これどうやって運びますか?」
横たわった巨大野豚は、どう見ても馬車に収まりきらない。革を剥いだとしても重量はかなりのものになる。
「………とりあえず必要な分の肉と角は持っていく。後はこの先の奴らに聞いてみよう」
「奴ら、ですか?」
エコーが首をかしげた。
タイサはそろそろいいだろうと、今向かっている先を全員に告げる事にした。
「もう少し進めば、地図に載っていない集落がある。そこで今後のことについて話すつもりだ」