⑩風の中の決闘
「隊長、足音です。音と数からして、犬か狼の類かと」
耳を澄まそうとエコーがその場で急停止、耳の近くに手を置いて周囲の気配を探り始めた。
「馬鹿! 止まるな!」
タイサが少しでも速度を上げようと大きく腕を振った。
その瞬間、霧の視界範囲の幅を一度に飛び越える獣の姿が飛び込んで来る。黄色い体毛、首周りの茶色い鬣をもった獅子は、前足に付いている金属の爪と自前の牙をエコーに見せつけながら彼女の下へと飛び込んできた。
「伏せろ!」
エコーが反射的に地面に伏せる。同時に追いついたタイサが彼女を包み込むように両手の盾を前面に構える。巨大な獅子はタイサの盾に阻まれて体ごと衝突すると、そのまま盾を後ろ脚で蹴って距離をとった。
「………すみません、隊長」
「気にするな。だが、デルを見失った」
先行しているデルの姿が見えない。タイサは喉を震わせている正面の獅子の動きに注意を払いながら、周囲の様子を確認する。
その時、強い向かい風が二人を襲った。風は小さな石ころを地面で躍らせ、さらに霧を晴らしていく。
「霧が………」
タイサの表情が正面で固まっていく。風は渦を巻き、明らかにタイサ達の周囲の霧だけを追い払っていた。
「予想通りか………」
女性の声だが、タイサの目の前にいるエコーではない。声は霧の中から聞こえてきた。
大きく円形にくり抜かれた霧の張れた世界。四方はバードマンが両手を前に出しながら何かの魔法を唱えており、霧とそうでない部分とで明確な境界線が風によって作られている。
その風の壁を、霧の中から現れたメイド姿の女性が何の苦労もなく入ってきた。
「白い体毛、猫型の亜人、そしてメイド服。お前が魔王軍の司令官だな」
タイサの言葉に、メイド服の猫亜人はやや驚いてから微笑み、小さく頷いた。
「さすがに情報が出回っているか。だが、それはこちらも同じ。お前達が殿を務める事も、そしてお前達、蛮族の中でも脅威に値する力を持っている者達がいる事は分かっている」
メイド服の猫亜人は右手を自分の胸に当てると顎をゆっくりと引きながら不敵な笑みを浮かべた。
「初めましてと名乗っておこう。私は魔王軍77柱が一人、シドリーだ。この部隊の指揮官を務めている。短い時間だが覚えておいてもらおう」
シドリーの左右からどこからともなく白銀の大斧が落下し、石畳の地面に突き刺さる。
「………隊長、デルさんは」
エコーの視線と小声でタイサにもその意味が伝わるが、望みは期待できないだろうと呟き返す。
その動きにシドリーも二人の意図に気付く。
「お前達に同行していた仲間は別の場所で戦っている。うちの妹がどうしても戦いたいと言葉を聞かなくてな………それよりも、自分達の心配をした方が良いのではないか?」
彼女はメイド服の数少ないポケットから黒い革手袋を取り出すと、それを引き伸ばしながら装着し、最後に左右の白銀の斧の柄を力強く握る。
気が付けばエコーを襲った巨大な獅子の姿がなかった。周囲はバードマン達による風の結界。デルとは離れ離れになり、目の前では目標の司令官が立っている。




