⑨とにかく前へ!
タイサは背負っていたもう一枚の盾を右手に取り付けた。
かつてアリアスの街で見せた両手に盾を装備した事を参考に、タイサは両手に『杭打ち』を装備する。左手には巨大野豚の角を加工した杭、そして新たに身に付けた右手にはあの黒剣を封印している騎槍を杭の代わりとして代用した。
「両手で持っているだけでも信じられないぞ。そんなんで動けるのか?」
「もともと避けるつもりもないから、気にならないさ」
まるで家の扉を二枚左右に身に付けた異様な姿に呆れらデルに、タイサも自嘲気味に笑って返す。
そこに上空のカエデから声が降りてきた。
「兄貴! ちらりと見えただけだけど正面から敵が迫って来てる! 数は………多分百くらい!」
すぐに声が遠くへと消えていく。霧の中では空の動きは分からないが、上では既に戦いが始まったのかもしれない。タイサはデルとエコーの顔を見る。
「さぁて、行きますか」
タイサは爪先で軽く地面を削り、足元を確認する。
「エコーは俺の傍から離れるな。昨日と同じで盾の隙間から敵を貫き、俺が動ける空間を確保してくれ」
「了解です」
「………来たぞ。二人共」
霧の奥から上下に動きながら大きくなっていく影が無数に見え始める。
タイサは両手を叩いて大きな音を出すと、覚悟を決めた。
「敵は魔王軍! 相手にとって不足はない! 行くぞ!」
「おう!」「はい!」
デルを先頭に、タイサとエコーが霧の中へと飛び込んでいった。
霧の中を走っていくとタイサの前を走るデルの速度が上がった。彼は持ち前の速さで先行し、横並びで広がっているゴブリンやオークが正面の視界に入り次第、次々と斬り伏せていった。
「正面の敵以外は無視しろ!」デルが叫ぶ。
霧の中での視界は、大通りの横幅程度しかない。広場を抜ける為に三人という少数は敵にとって気にする程の数でもなく、かつどこにいるのか認識しづらい。正面にいれば確実に遭遇するだろうが、その場合はデルが速攻で斬り倒す事が出来る。
「さすがは『七速』だな。年齢の割にはよく動く」
エコーを前に出し、そのすぐ後ろをタイサが鈍重に追いかける。幸い、周囲の敵はタイサ達を驚異と思っていないのか、単に見えていないのか、左右の霧の奥を通り過ぎていく。
「この霧なら、敵はあの光る筒を撃てませんからね」
エコーが幾度も背後や側面を警戒し、タイサの速度に合わせて先導する。両方の腕に大盾を装備したタイサは、フォースィから速度増加の加護がかけられていたが、その重量から、一般男性が走る速さで進むのが精一杯である。
「だが時間もかけられない。とにかく急ごう」
敵が素通りしていく事は、即ち全てフォースィ達に向かっている事を意味する。霧のせいで戦況は把握できないが、既に苛烈な戦闘が始まっているはずである。
制限時間付きの一本勝負。タイサ達は広場を抜け、大通りを走り続けた。




