⑧エコーの覚悟
霧の奥から無数の足音が聞こえてきた。
僅かだが地面も揺れている。
「さぁさぁ、楽しいお喋りはここまでですぜ。朝早くからお客さんのお出ましだ」
ボーマが鼻を擦りながら目に力を入れる。
「では、各自後悔のないように………死力を尽くしましょう」
フォースィが魔導杖を掲げると、光と共に全員の頭上から足元へと白い魔方陣が通過していく。一時的ではあるが、魔法により筋力、魔法抵抗力、速度増加の加護がタイサ達にかけられた。
「じゃぁ兄貴、また後で! 絶対に生きて帰るんだからね!」
カエデが飛竜に乗って上空へと上がっていく。
「じゃぁ隊長。また後で」
「ああ、ボーマも気を付けろよ」
タイサとボーマが拳を突き合わせて別れる。フォースィもイリーナも小さく手を上げてシエンの白凰騎士団、デルの銀龍騎士団の残存騎士を連れて隕石の衝突痕の中心へと移動を開始する。
「どうした、エコー。お前も早く行くんだ」
残ったのはタイサとデル、そしてエコーの三人のみ。だが、ボーマ達と動く手はずだった彼女は、一向にその場から離れようとしなかった。
「エコー?」
タイサが首を傾げる。
「………私も一緒にお供します」
エコーの瞳がまっすぐにタイサの顔を見た。
「何を馬鹿な………俺達はこれから敵陣のど真ん中に飛び込むんだぞ?」
「分かっています………ですが、私は隊長の傍から離れたくはありません」
いつになく真剣な表情の彼女に、タイサは厳しい言葉をかける事ができなかった。
「あなたの見ている世界や負担を私にも背負わせてください。そして一緒に生き残りましょう」
死にに行く訳ではない。エコーは最後に優しく微笑んだ。
「………いい根性だ。底辺の騎士団と言われた男の副長にしておくのはもったいない位だ。どうだ? 王都に戻ったら、うちの騎士団の副長を務めてみないか?」
デルが短く、真剣に笑い出す。
だがエコーは余裕を見せるように、首を左右に振った。
「申し訳ありませんが、私の隊長は一人と決めていますので」
「それは残念だ。ならその隊長をしっかり面倒見てやってくれ。いつも自分の事を後回しにする位に馬鹿な奴なんだ」
デルがタイサの肩を叩く。
「と、いう訳だ。タイサ、諦めろ」
俺も前にフォースィにも同じ事を言われたと、デルが剣を抜いて準備を始める。
「………分かった、分かったよ」
タイサは左右の手の平を上に向けて降参だと諦め、小さく息を吐いて覚悟を決めると、改めてエコーの顔を見降ろした。
「ついてくる以上は覚悟を決めろ、いいな?」
いつもよりも短く厳しい言い方。だがエコーには今まで以上に嬉しい言葉でもあった。
「分かっています。騎士を辞めてから覚悟は決めています」
「………そうだったな」
相変わらず俺は、とタイサが小さく笑う。




