⑦霧の中
―――翌朝。
早朝に降った少雨が、広場の周辺を霧で覆っている。住民や負傷した騎士達を西門へと移動させるには絶好の状況だが、逆に広場に残って抵抗を行うタイサ達にとっては敵が来る方向が特定できず、不利な状況でもあった。
「………隊長。本当に霧が出てきました」
「まったく、どういう魔法ですかぃ?」
何故、昨夜のうちに霧が立ち込めると予測出来たのか。ボーマは隣で立っているタイサに冗談めく、しかし本気で不思議がって声を漏らす。
「別に難しい事じゃない。昨夜、夜行性の鳥が随分と低く飛んでいたのを偶然目にしたからな………確かあの鳥が低く飛ぶ時は雨になると、冒険者時代に教わったのを思い出した」
夜に雨が降れば、この季節では朝に霧が出る。そう考えに至ったとタイサは手の内を明かした。
「まぁ、敵にとっては街から逃げ出す人間に興味がなさそうだから、むしろこの霧を使って中央の広場を一気に占拠する為、戦力を方々から集結させようと考えるはずだ」
「この霧の中でいち早く敵を見つけるなら、敵さんは横に広く分散させるしかなっすね」
ボーマが伸び始めた無精髭を触りながら、理解してきたと会話に乗る。
「この状況なら、空からの偵察も不可能です」
「まぁな」
エコーも驚きを隠せない様子で、やや興奮気味に言葉を付け加え、タイサがその通りだと頷く。
霧は思ったよりも深く、広場の周囲すら見渡す事ができない。街を脱出する者、そして彼らを守る騎士達を率いるヴァルト団長は既に広場を発っている。この広場に残っているのは、タイサ達決死隊の数十名のみであった。
「それで? この霧の中でどうやって敵の司令官を探すつもりだ。向こうも俺達を補足できないが、それはこっちも同じだぞ」
デルが防具と体の締まり具合の確認を終わらせ、会話に入ってくる。
「そこはもうあれだ………突っ込んで一つ一つ確認していくしかない。一応いつでも確認できるようにカエデに空から見てもらうが、恐らく偵察を行っているバードマン達を誘うので手一杯だろう」
よって、とタイサは戦友の顔を見た。
「敵陣に乗り込むのは俺とデルの二人だけだ」
「まぁ、そうなるな」
相変わらず決め手に欠ける流れだったが、デルは反対しなかった。
次にタイサはフォースィとイリーナに目を向ける。
「フォースィは窪みの中央で結界を張り、敵の能力を制限させてくれ。そしてそのまま窪みの中心で防衛陣地を構築し、敵の攻撃を引き付けてもらいたい。魔王軍とはいえ、ここまでの戦いで随分と数を減らしているはずだ。ゴブリンとオーク程度なら、ここにいる戦力でもしばらくは対応できる」
そして敵が苦戦すれば必ず幹部級、77柱の魔物が前線に出てくるはずだとタイサが拳を握る。
「奴らの対応は、イリーナ、エコー、ボーマの三人だ。シエンは騎士団の統率を優先させなければならないから戦闘には参加しづらい。だが絶対に一対一は避けるんだ」
「まだ、この体なのに………仕方ないわね。でも、結界だって無敵ではないわ。私の魔力量を考えて一時間から二時間までが限界。それに、結界を張っている間はろくな支援はできないわよ?」
「大丈夫です、お師匠様! 私が守りますから!」
剣に必要な魔力の補充も終えている、イリーナは自分の剣を見せびらかすように蒼い鞘ごと前に突き出した。




