④決戦前夜 -隊長と副長-
作戦が決定されて数時間が経過した。
街の明かりは既に失われ、今では中央広場に等間隔で置かれた篝火だけが照らされており、明日を生きる者達は夜の寒さに耐えながら過ごす事が求められた。街灯を付ける技術者もおらず、毎晩騒ぎ声と明かりが漏れてくる大通りは、人のいない荒れた世界へと変わっている。
隕石の衝突痕の窪みから重傷者の呻き声が聞こえてくる様は、まるで神話に出てくる地獄の入口のようにも見えた。
「兄貴、晩御飯持ってきたよ」
「ああ、すまない」
タイサ達の為に与えられた一角で、カエデがエコーと共に食事が乗ったトレーを持ってくる。物資にまだ余裕があるのか、それとも運びきれない物資を可能な限り消費しようというのか、恐らく後者だろうとタイサはカエデが持ってきたトレーと、エコーが持ってきたコーヒーの入った木のカップの取っ手に指を通した。
「隊長、そのグリーブはどうしたんですか?」
エコーが座りながら騎士用の靴と脛当てがほぼ一体化したような装具を身に付けながら調整しているタイサに疑問を投げかける。来たときに付けていたのは弓兵が使うような薄い金属の靴と軽金属を革に挟んだ脛当てだったとエコーは首を傾げた。
「これか? 装具はデルに、仕掛けはフォースィに頼んでやってもらった」
グリーブの足首の稼働具合を確認しながらタイサは傍で立っているエコーに笑って見せる。
「隊長、つかぬことをお尋ねしますが………」「フォースィとは冒険者時代からの腐れ縁だ。それ以上でもそれ以下でもないぞ?」
タイサが慌てて釈明し始め、二人の間に謎めいた空白の時間が発生する。
「………その話じゃないのか?」
何度かタイサが瞬きをする。
「いえ、その話で合っているのですが。何というか………何故そんなに慌てているのですか?」
エコーが眉間にしわを寄せ、口を尖らせる。それを見たタイサは、彼女の表情の変化に気を付けながら腕を組み、静かに唸った。
「いや、前のようにいきなり殴られるのかと」
「あ、あれはいきなりイリーナが隊長のことを『お父さん』と呼んだからです!」
普通はあだ名でもそんな呼び方はしないと、エコーは顔を赤くして大きな声で否定する。
「落ち着けエコー………ボーマもこっち見て笑ってるんじゃない。何、夫婦喧嘩だと?」
タイサは使い終えた脛当てをボーマに投げつけた。
「まったく、毎度の事ながら、うちの奴らは自分達の置かれた状況を分かっているのか?」
ブレイダスの街を放棄する。先程のヴァルトとの話し合いではその決定と、もう一つの作戦を同時に決行する事が決まっていた。




