⑥頑丈な男
「行くぞっ!」
タイサの合図に、カエデは体を屈めながら矢を放つ。指と指の間に挟んだ四本の矢を立て続けに放ち、全ての矢を丸太と同じ太さの前足に二本ずつ刺し込んだ。
だが巨大野豚の動きは衰えない。彼女はさらに後方の木々へと飛び移りながら二本の矢を顔に向けて放つが、巨大野豚は反射的に顔を反らし、狙った眼ではなく右頬に刺さった。
巨大野豚の速度は落ちる事なく、タイサへ向かっている。
「このぉっ!」「いい加減に!」
続いてエコーとボーマが騎槍を左右の横腹に刺し込んだ。互いに骨と骨の間を狙って、巨大野豚の腹部に奥深く突き刺し、二人の利き手を赤く染めた。
これには流石の巨大野豚も大きく口を開け、雄叫びと共に血と涎の混ざった液体を巻き散らす。
だが、それでもまだ勢いは衰えない。さらにカエデは矢を複数放つも、本能からか巨大野豚は体を振って急所を反らしてくる。
そして二人の騎槍が巨大野豚に刺さったまま、血で濡れた二人の手から滑るように抜けた。
「隊長!」
エコーが叫ぶ。
「大丈夫だ。後は任せろ」
タイサは鉄の盾を前面に、右手では騎槍を奥に構えた。
巨大野豚はタイサよりも大きな角を突き出して上に払い、鉄の盾を外へと弾く。
「まだまだぁ!」
左手を外へと弾かれたタイサは、腰を落として両足で踏ん張ると、そのまま右手の騎槍を正面へと突き出した。
狙うは口の中。
だが巨大野豚はさらに首を下げ、タイサの放った右手の一撃を頭角を使って地面に叩きつけた。
「おいおい………」
そんな馬鹿なと、タイサの顔が引きつくと同時に、彼は巨大野豚によって正面から弾き飛ばされる。タイサは背後の木に叩き付けられ、そのまま地面へと背中から落下した。
「兄貴!」
カエデは巨大野豚の背中を何度も射抜くが、小さな矢では巨体の動きを抑えられず、巨大野豚はついにタイサの前で前足を大きく持ち上げた。
巨大な足がタイサの上半身を踏み潰す。
あまりの衝撃に土埃が舞い上がり、煙の中からタイサの両足が跳ねるように持ち上がった。
だが巨大な影が倒れると同時に、土煙も併せてかき消される。
「結構痛い………」
地面に沈んだ中からタイサは起き上がり、顔の上に乗った土を払う。
「隊長、大丈夫ですか?」
「ああ、済まない」
エコーが真っ先に駆け寄り、タイサの手を掴んで一気に引き上げた。地面に沈んだ勢いで、買ったばかりの鉄の盾はひしゃげ、硬化処理を行った革の胸当てが、まるで陶器のように歪に割れていた。
だがタイサ自身は無傷であった。