②再会
「いやいや、こうも慌ただしくては、どこも危ないですな」
フォースィの前に一人の初老の男が立ち止まった。
杖をつく老人は、被っていた帽子を軽く持ち上げ、フォースィに挨拶を交わす。
「ゴリュドーさん?」
「ええ。お久しぶりと言うには、まだ早いかもしれませんが………いや、それとも何かの縁でしょうか」
まるで日課の散歩のような足取りで近付く老紳士は、フォースィに笑い返しながら隣に腰かけた。この街の勇者記念館で館長を務めているゴリュドーは、年齢に見合った落ち着きと慧眼さで、彼女と共に逃げ惑う人々を眺め続ける。途中、彼からイリーナの事を尋ねられたが、買い物に出かけていると、フォースィは適当に誤魔化した。
先に口を開いたのは、気まずさに耐えられなかったフォースィの方だった。
「………あなたは避難されないのですか?」
予想通りの言葉だったのか、老紳士は枯れた声で小刻みに笑うと、ゆっくりと首を左右に振る。
「私はここに残るつもりだ。この体に、外の環境は堪えるからね」
「しかし、ここは間もなく戦場になります。危険ですよ?」
魔王軍によってゲンテの街が滅ぼされる様を見てきたフォースィは、その事実を伝える事もできず、それでもかけられる言葉を老紳士へと送った。
「私のような年になるとね、毎日が戦場のようなものだ。いつ死んだっておかしくはない」
達観した笑いと返し辛い彼の冗談に、フォースィは表情をつくる事が出来なかった。
彼女は、以前紹介してもらった王立訓練学校のマドリー校長を思い出し、話題に出す。
「そういえば訓練学校は? この件にどう動くつもりか、何かご存知ですか?」
「………今、訓練学校では生徒達が集められ、それぞれの能力に応じて街の為に動く算段を立てているだろう。特に勇者組の生徒達は、この街に残って防衛作業に従事する事になるだろう」
元校長のゴリュドーは、訓練学校には非常時における行動が定められていると、フォースィに伝えた。
それによると、生徒達はその能力に合わせて、住民の避難誘導、拠点構築、情報収集、戦闘またはその補助の四分野に分けられて行動する。
当然、訓練学校の中で最も優秀な勇者組の生徒は、最も危険な戦闘に配属される。
「確か訓練学校のマドリー校長のお孫さんが勇者組の生徒でしたね」
「そう………だったな。私達のような年寄りはともかく、若い者達が私達の為に先へと殉じていく事は避けてほしいものだ」
ゴリュドーの言葉に、フォースィは何も返す事ができなかった。
彼女の立場を察してか、老紳士は立ち上がって再び帽子を掴みながら持ち上げると、フォースィに別れを告げ、勇者記念館のある広場の奥へと向かっていった。




