②前か後ろか
「情報をもう一度整理する」
紅虎騎士団のザルーネが、デルが入手した敵の布陣図と周囲の地図を半分重ねる。そして魔王軍と称する蛮族の群れが組織的に戦ってくる事、中でも77柱と呼ばれる強力な存在がいる事、ゲンテの街で後方の部隊に損害を与え、一時的に奪還できている事等、一つ一つを思い出すようにザルーネが言葉にし、不足している部分をデルが補足した。
「各騎士団の人数を合わせれば、その戦力は二千弱。後方の騎士団『翼』も呼び込めば、さらに千人の騎士が補充できます。何も恐れる事はありません。当初の予定通りに、蛮族共を根絶やしにすれば全てが解決するでしょう」
不意を突かれたとはいえ、未だ王国騎士団の戦力の方が圧倒しているとベルフォールが熱弁をふるう。
「布陣図と先程の戦いを比べる限り、蛮族の数は多く見積もっても千五百程度。仮に騎士団長級の魔物が十匹前後いたとしても、圧倒的な数の前には無意味。同等と考えるのは甚だ不愉快ですが、我々と同じように戦術を駆使したとしても、戦争は数です。白凰騎士団団長の代理として、ここは一気に反撃に出るべきと確信します」
ベルフォールは地図の上で指で何度も叩きながら攻撃を主張した。やや感情的な説明であったが、話の筋は通っている。デル達三人の団長は互いに腕を組み、顎に手を当てて考える。
「後方のブレイダスの状況は?」
デルがヴァルトとザルーネに尋ねる。二人は互いに顔を合わせると、ザルーネが布陣図をずらし、ブレイダスの街に指を這わせながら答え始めた。
「彼の話にあったように、騎士団『翼』が後方で待機している。蛮族の奇襲により、一時的に本陣を下げたという内容で伝えてある」
「………住民の避難は?」
中途半端な対応の内容を短く言い終えるザルーネの反応から、半ば答えが分かっている質問をデルは敢えて切り出す。
「それは無理だ」
分かり切った質問をするなと、ヴァルトは溜息をつきながら左右に首を振って言葉を続けた。
「ブレイダスの人口はおよそ二万人強。これだけの人口を一度に避難させるだけの余裕は我々にない。避難させるどころか、街は大混乱に陥るぞ」
彼の確定された予想にベルフォールも頷きながら『それに』と付け加える、
「避難させる為に、住民達に何と伝えるつもりですか? 王国騎士団が蛮族に負けそうだと? デル団長はこの件が住民達の知る所となった場合、王国騎士団、ひいては王家に対しての不信感を国民に与える事になると分からないのですか?」
「そんな事を言っている場合か!? どちらにしてもいつかは伝わる! すでにゲンテの住民の殆どは殺されているんだぞ!」
ベルフォールの権威や面子を優先する物言いに、ついにデルは声を荒げた。




