⑪無謀と勇気
「さぁさぁ、追い付いちまうぞぉ! はっはぁぁあ!」
背後から狼男の大声が迫る。
白凰騎士団の生き残り、騎士総長シーダインが土埃を上げた僅かな隙に、後退する事が出来た騎士達は、重たい鎧をぶつけ合いながら走り続けていた。
ゴブリン達を追いかけていたはずの騎士達が、逆に泥に塗れ追いかけられる側になっていた。転べば最後、狼に切り裂かれて殺される。
隣の騎士が仲間の足に引っかかり転倒する。転んだ者と立っている者、その互いの顔が合うと、一方は人生が終わったかのように顔をしかめていた。そしてもう一方は、心の中で謝罪の言葉を囁きながら仲間を見捨てていく。だが、それに手を貸そうと止まる者もおり、さながら人の感情の全てがここで繰り広げられていた。
「無駄無駄ぁ!」
転んだ騎士を助けようと手を伸ばした騎士が、地面に伏した騎士と一緒になってバラバラになる。追いかける狼にとっては騎士や彼らの感情など、店の入口にあるのれん程度にしか思っていない。
生き残った事を喜ぶべきか、勇敢に立ち向かった事を羨むべきか、騎士達は葛藤を反復させながら草原の中を走り続けていた。
「うわああああああ!」
そこに一人の騎士が大声を上げた。彼は精一杯の力で目を閉じ、歯を食いしばる。そして何を思ったのか、その場で立ち止まった。
「俺は残る! 残って時間を稼ぐ!」
小隊長でもないただの騎士。『色つき』とはいえ、特別な力がある訳でも、二つ名を与えられていた訳でもない。ただただ、立ち向かわなければならない。それだけの感情で彼は、恐怖に震える足から制御を取り返した。
「俺も残る!」「………お、俺もだ!」
彼の言葉に次々と騎士達が足を止めて剣や盾を構える。
勇気か無謀か、騎士達の顔が罪悪感にさいなまれたものから覚悟を決めた顔に変わっていく。
その顔を見たアモンの足が、ゆっくりと速度を落としていった。
「バルバトス。悪いが先に行ってくれ………俺はこいつらとやる事にした」
「リョウカイシタ」
無機質な返事を口のない銀の顔から発したバルバトスは、両足の車輪を回して草原を抜けて行く。
「ま、待てっ」
「いや、待つのはお前達だ!」
バルバトスを追いかけようと振り返った数人の騎士の動きを止めるように、アモンが一喝する。彼は両手の爪を動かしながら炎を払い、残った騎士達の視線を自分へと向けさせた。




