③夕飯のために
「ボーマ!?」
「いや、自分ここにいますから。あれね、豚ですから」
絶対ワザとですよねと、ボーマが目を細めてタイサの顔を睨む。
「冗談だ」
「まぁ、分かっていますが」
改めて野豚を見る。野豚は潰れた鼻で地面を嗅ぎ回り、土の中の小動物や地面の上に落ちている木の実や種を漁っていた。
まだこちらには気づいていない。
大きさこそ成獣ではないが、子豚でも夕食どころか明日の食事にも困らない大きさである。タイサはボーマに指示を出し、彼を先に飛び出させた。
野豚は突然現れた人間の姿に驚くも、本能に従って頭を下げると小さな角を向けて威嚇を始める。
「夕食のために!」
ボーマは突進してきた野豚を躱すと、後から現れたタイサへと獲物を向かわせた。
「隊長、そっちに行きましたよ!」
予定通り野豚がボーマに釣られ、タイサの方へと向かっていく。
「おう! 悪く思うなよ、子豚ちゃん!」
タイサは迫る野豚の頭上目掛け、腰から抜いた剣を降り下ろした。
だが野豚は見た目に反して横へ飛び、剣を難なく躱す。
「「馬鹿なぁぁぁぁぁっ!」」
タイサとボーマの目と口が大きくなった。
「隊長、外すにも程があります! いやだって、えぇ!? 元騎士団長でしょぉ!?」
「やかましぃ! 豚に言え、豚に!」
野豚がタイサの横を通り過ぎる。
だが野豚は、そのまま逃げると思いきや大きく迂回し、頭の角をまっすぐ向けながら前足で地面を削り威嚇し続けると、再びタイサに向かってきた。
「ほぉ、意気込みや良し。だが相手が子豚ではな」
「隊長。説得力、皆無です」「うるさい」
タイサは剣を地面に刺して放置すると両手を前に突き出し、飛び込んできた野豚の首を押さえつける。
長い角はタイサの胸に当たったが、革の胸当てが僅かに削れるだけに留まった。
「………悪いな」
タイサはそのまま野豚の首を絞め続ける。初めは手足をばたつかせていたものの、野豚は一分もしない内に動かなくなり、静かになった。
「隊長、縛り終わりやした」
ボーマが野豚の手足を手際よく縛り終え、獲物の頭を押さえたままのタイサの前で立ち上がる。
「取り敢えず、これを見せれば、文句は言われなくなるだろう」
「そうっすね」
適当に落ちていた太く長い枝を数本集めて野豚を縛り上げ、二人で担ぐ。
「よし、親豚が出て来ない内にさっさとずらかるぞ」
「あらほらさっ………っていうか隊長、そういう言葉を吐くと、大抵は親豚が出てくるので言わないでくれますか?」
周囲を一瞥したボーマは、タイサと共に左右の足を揃えながら歩き始めた。