⑩一撃
「大丈夫だ。問題ない」
シドリーは一歩も動かず、土煙の奥を見つめ続ける。
「………彼は、必ず私に剣を向けに来る」
土埃の中からシーダインが現れ、彼女の前で剣を振り下ろした。
「その胆力。蛮族にしておくには惜しいものだ」
シドリーは、頭上に落ちる剣を指と指の関節の間で受け止める。
「だからこそ、倒し甲斐があるというものだ」
部下に慕われる指揮官に加え、それに見合う強さをもつ者は、多くの者達にとって憧れや尊敬となり、部隊にも大きな影響を与える。だが、逆に言えばその指揮官さえ倒せば、相手への心理的、精神的損害は、時に数千の兵を討つ事よりも計り知れないものになる。
シドリーが目を細め、両頬を釣り上げた。
「う、動かん! この細い腕のどこにそんな力が!」
シーダインは腕に血管を走らせながら指の間に挟まれた剣を左右に捻るが、剣は一点を中心に微動だにしない。
「当然だ。お前達が二百年の間、安穏と暮らしてきた時を………我らは常に戦いの中に身を置き、己を磨いてきたのだ」
シドリーは、ある男と交わした言葉を思い出す。
「我らの正義の前では、お前達人間の方が蛮族と知るがいい!」
彼女の指に力が加わり、シーダインの剣に亀裂が入った。
「馬鹿なぁっ!」
刀身が砕かれた。
シドリーは、体制を前へと崩したシーダインの体を支えるように胸元へと踏み込むと、彼の鎧に左手を添える。
「八頸」
―――瞬間。
騎士総長の鎧、特に背面が粉々になって吹き飛んだ。
「魔王様の生み出した魔技が一つ。我が魔力と共に味わってくれたまえ」
自身の魔力を相手の体内に強制的に流し込み、後方へと排出させる。相手の魔力の流れや体の構造を無視した静かで凶悪な一撃は、シーダインの体内を貫き、一方的に破壊した。
「無念………」
シーダインの口や鼻、耳といったあらゆる穴から大量の血液が噴き出されると、彼は膝をつき、前へと倒れる。
「………成程、『逆襲』の名は伊達ではなかったか」
シドリーはいつの間にか折れていた自分の右手首を見下ろし、既に息を引き取っている男の背中に視線を送る。彼女が左手で技を放つ瞬間にシーダインは折れた剣を手放し、シドリーの右腕を両手の拳で挟みこむように一撃を放っていた。
シドリーは左手を右手首に添えると、触れている部分から淡い緑光が数秒程放たれる。
光が収束すると同時に、彼女の右手首の角度は元の位置に戻っていた。
「私の体に傷を付けたのだ、誇っていいぞ。人間」
回復魔法で完治させた右手を何度も握りながらシドリーは踵を返す。そして、土埃で僅かに汚れたメイド服を軽く手で払うと、追撃したアモン達の方角を向く。
それに呼応するかのように、彼女の背後から伝令のゴブリンが走ってきた。




