⑨蛮族の要求
「単刀直入に伝える」
シドリーの大きな瞳に力が籠る。
「我々魔王軍は、旧カデリア領を自国領として貰い受けに来た」
「何を馬鹿な。その言いようではまるで宣戦布告ではないか!」
それどころか一方的な侵略だとシーダインは臆する事なく声を荒げた。
「どう捉えるかはそちらの自由。なお、シモノフの大関所跡から西には進まないので安心してほしい。だが、お前達に与えられている選択肢は二つのみだ。明け渡すか、追い出されるか。そのどちらかだけだ」
前向きに検討するならば、この場は一旦引き下がる。シドリーは最後にそう付け加えた。
シーダインは動揺する部下の中で目を瞑り、大きく深呼吸を済ませると、頭の中を可能な限り整理する。
「………本来であれば、言語道断だとすぐにでも断るべきものだが………王都に戻り、要求を伝える時間は貰えないのだろうか」
「駄目だ。そもそも我々は既に二百年待った。これ以上は待つ事はできない」
―――二百年。
シーダインには、その数字が理解出来なかったが、自分の力だけでは、この状況を覆す事ができない。それだけは理解できた。
彼は剣を取ると、ゆっくりとシドリーに向けて深く構える。
「そうか………残念だ」
シドリーがその意図を理解する。
彼女は腰に置いていた手を降ろすと、もう片方の手も降ろして自然体となった。
「ならばせめて魔王様の教本通り、相手の士気を下げる為の贄となってもらおう」
「やれるものなら、やってみるがよい!」
シーダインは剣を大きく振りかぶり、地面へと叩き付ける。空気の裂け目は衝撃波となって地面を砕いていき、土埃を巻き上げながら互いの姿を隠した。
シドリーは正面に迫ってきた空気の裂け目を右手で握り潰すと、大量に生まれた風がメイド服や白い毛を激しく後ろへとなびかせる。
「フォルカル。上空から支援を」
「了解だ」
シドリーの冷静な言葉に、フォルカルは額のゴーグルを降ろして装着すると、地面を蹴って一気に跳び上がった。
そして上空から周囲を見降ろすように体を一周させる。
「お、いたぞ! 騎士達は土埃に隠れて西へと敗走中!」
上空からの報告に、シドリーは残っていた二人にも指示を下した。
「バルバトスとアモンで、敗走する騎士達を追撃する。ただし、ある程度は生かしたまま逃がしてやれ」
こちらの戦力を故意に報告させ、蛮族への恐怖を煽る。シドリーの発想にアモンが口笛を吹き、バルバトスは無言で騎士達を追いかけに向かった。
「シドリー。お前の方こそ、大丈夫なのかよ?」
土埃が風で流れていく中、アモンが軽い口調で問いかける。




