⑤青灰色の狼
「そんな馬鹿な事が………」
蛮族が組織的に、さらに戦術を使ってくるなど一度も聞いた事がない。ベルフォールの思考はほぼ停止しかけていた。
「副長! このままでは全滅です、撤退の命令を!」
生き残った騎士達数名が副長の周囲に集まり、撤退を進言する。
だが彼は首を左右に振り、落ちていた騎槍を握りしめた。
「何を言う! 王国の剣と盾となる我ら王国騎士団が蛮族相手に背中を見せられるものか!」
止まりかけていた思考が、『名誉』や『誇り』によって叩き起こされる。ベルフォールは迫り来る重装オークに向かって手首を捻り、魔力を込めながら回転をかけた騎槍を突き放つ。凄まじい回転がかかった一撃は、重装オークの胸当てを突き破り、背中から一陣の風と共に肉片ごと駆け抜けた。
その威力に、周囲の騎士達から声が漏れ上がる。
「我が旋風。止められるものなら止めて見よ!」
「面白ぇ」
重装オークの横隊が割れ、奥から一人、いや一匹の狼の亜人が現れた。
全身白と藍色の毛で覆われ、細かい鎖で編まれたズボンに上半身はほぼ裸の状態。だが、両手には赤褐色の籠手を纏わせ、そこから指1本1本に延びる赤黒い爪がおぞましく動いていた。
「俺の名はアモン。栄えある魔王軍、77柱が1柱を名乗らせてもらっている」
アモンと名乗る亜人が腕を組み、ベルフォール達を睨みつけながら不敵な笑みを浮かべる。
「魔王軍? 77柱? 知らんな、そんな蛮族の名前など!」
ベルフォールとその周囲の騎士が一斉に武器を構える。
だがアモンはオーク達にその場で待機するよう指示すると、両手の爪を弾き鳴らし、上下に構えた。
「来いよ。俺の双牙で、お前らを刻んでやるぜ」
「突貫!」
ベルフォールの号令で、五人の騎士が一斉にアモンに飛びかかった。
「無駄無駄無駄ぁ!」
アモンは騎士達の振り下ろす剣を悉く手の平と籠手の装甲で受け止め、弾き、一斉に五本の剣を弾き返す。そして赤い爪に炎を纏わせると両手を閉じるように振り戻し、五人の騎士の胴体を三等分し、地面に落ちる前に炭へと燃やし尽くした。
「おのれぇ、蛮族めが!」
ベルフォールが騎槍を再度構え、正面に立つアモンに疾風の一撃を放つ。だがアモンは直線的な攻撃を体を捻って避けると、一蹴りでベルフォールへと迫り、彼の持つ騎槍を両手の爪で挟み込むように切り裂くと、さらに一歩踏み込んで間合いを詰めた。
「くつ! まだまだぁ!」
ベルフォールは破壊された武器を即座に手放すと、腰の剣を逆手に抜き放ち、そのままアモンの胴体を薙ぐように狙う。しかしそれすらもアモンは左膝を上げ、鎖のズボンを盾として抜き身の剣を受け止めた。
「確かに手前ぇは弱くはねぇ。だがその程度の風じゃぁ、俺の炎は消せないぜ」
上げていた左膝を伸ばし、アモンはそのままベルフォールの顎を蹴り上げる。
「ぐっ!」
下顎を蹴られたベルフォールは直線上に吹き飛ばされ、地面を擦りながら大きく後退する。
「まぁ、前哨戦としてはこんなものか」
アモンは別の場所で戦っている仲間達の様子を見ながら、どこも決着がつきそうだと肩をすくめた。
「くそっ、蛮族ごときが………」
起き上がろうとするが、頭を揺らさたのか、ベルフォールの腕に力が入らない。それでも何とか上半身を起こした頃には、アモンは目の前まで迫っていた。




