⑤焚き火を挟んで
その夜。タイサはトリーゼの工房の裏で火の番をしていた。
元々旅行者の来ない集落である。旅人を泊める宿はなく、エコーとカエデはトリーゼの部屋で寝る事になったが、男二人は馬車の中が寝床となった。
「ボーマの奴、全然起きやしない」
結局ボーマは森の中で武器の試し切りをしていたらしく、タイサ達の下に戻ってきたのは夕飯直前の時間だった。全身傷と泥だらけで帰って来たボーマは、試した武器の中から気に入ったものを一つだけトリーゼから譲り受けると、そのまま馬車に乗り込み、食事もとらないまま珍しく寝てしまったのである。
馬車の外にいても、大きないびきが定期的に聞こえてくる。
「いい気なものだ」
「まったくですね」
独り言を話すタイサの背後から女性の声が聞こえてくる。
エコーだった。
彼女は焚火を挟んでタイサの前に座ると、無造作に積まれていた薪を一本、炎の中へと放り込む。
「カエデは?」
「もう寝ましたよ。初めての長旅のせいか、最近はすぐに寝てしまいます」
エコーにとっては素直な妹ができた様で、カエデと随分と話す事が多くなっていた。お陰でカエデも長旅でかかる負担を随分と軽減させる事がてきていたが、それでも疲労は溜まる。
タイサは、焚火で燃える薪の位置を長い木の棒で突いて調整しながら別の話題を彼女に振る。
「そういえば、もう腕の方は大丈夫なのか? 昼間は両手で剣を振っていたが」
王国騎士団にいた頃、最後の作戦で彼女は魔王軍との戦いで左腕を折る重傷を負った。その後、王都や南の街で受けた回復魔法による治療で包帯は外れ、外見では完治したように見えている。
「短剣を持った左腕を伸ばした時に、手首が少し震えたのが気になった」
「………よく見てますね」
エコーは照れながら自分の左腕をさすった。
「怪我そのものは大丈夫なのですが、まだ筋力や感覚の方で慣熟が必要だと思います」
「そうか。無理はするなよ」
タイサはいつの間にか弱まっていた炎を見て薪を二本、三本と続けて入れた。炎は目に見えて大きくなり、中心で木が割れる音が周囲に響く。




