①元騎士団の冒険者
王国騎士団を免じられたタイサは、窮地を迎えていた。
「隊長………」
褐色の肌をもつ女性。かつて王国騎士団『盾』の副長を務めていたエコーは、目の前で両膝を揃えて地面へとつけている元上司を前にして、何かを言おうと口を開ける。
「エコーさん、ここは何も言ってはいけません」
狩人の弓を構えつつ、カエデは十歳以上も年上である兄の前に立っていた。
「カエデちゃん、勘弁してくれよぉ」
タイサの隣で、同様に正座をしている太った男が上目使いで反省もなく脂ぎった笑みを浮かべている。短い丸太のような足は自重によって血が止まりかけているのか、彼はやや尻を上げて姿勢を誤魔化していた。
「ボーマ、あんたは黙りな」
「あ、はい」
エコーは明らかにボーマにだけ厳しかった。
カエデはこれにみよがしに大きく溜め息をつくと、彼女達の足元にある木箱の底を男二人に見せる。
「今日のご飯がないんだけど?」
タイサとボーマは何も言えなかった。
王都ウィンフィスを追放されて二日目の森の中。王都の冒険者ギルドで斡旋された依頼を順調に果たし、手に入れた潤沢な支度金で、旅に必要な物資等を揃えた矢先の出来事である。
十分に水と食料を積み込んだつもりだったが、その消費量は会計担当である妹の予想を遥かに越えていた。
「ボーマさん。食事以外の時に、度々この箱を開けて手を入れていましたね?」
「ま、まぁ。それなりに」
カエデの尋問に、ボーマがそれとなく認める。
「兄貴はそれを見ていただけでなく、分けてもらっていたよね?」
「ま、まぁ。それなりに」
タイサも同様に認めた。
カエデはこの近辺の空気を全て消費するかのように溜め息を吐くと、茶色い前髪をたくし上げる。
「今夜の二人のご飯はありません」
「ちょちょちょちょーい!」「本気かぁ!」
カエデの無慈悲な判決に、二人はあんまりだと立ち上がろうとしたが、痺れた足では姿勢を維持できず、そのまま気持ちよく後頭部から後ろへと転がった。
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」」
足に力が入らない。タイサとボーマは、足を擦りながら地面を這う。
「………兄貴、今の私達の状況分かってる?」
王国騎士団だけでなく王都すら追放され、さらに兄弟には多額の借金も残っている。自分の意思とはいえ、同じ騎士団に所属していたエコーとボーマも騎士を辞め、タイサについてきてくれている。
冒険者としての新たな出発。
だが、話はそれだけでは終わらなかった。